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読むダイエット 高橋源一郎

第8回 メシ喰うな

更新日:2021/03/17

 いま、「タカハシ家」では、オートミールが流行っている。
 オートミール、知ってますよね。イメージとしては、グチャッとした洋風おかゆである。海外の映画で、オートミールを食べているシーンを見ては、あれなんか似てるよね、ゲ……に、うう、ちょっと食べるのは無理。そんなふうに思っていた。食べたいなあ、と思ったことなど一度もなかった。
 ところが、である。
 いつの間にか、わが家にオートミールが侵入しはじめたのだ。正確にいうなら、「オートミールの親戚」を、ときどき食べるようになったのである。
 まずは、子どもたちのためであった。子どもたちに食べさせるためにコンビニで買ったのだ。コーンフレーク、そして、ケロッグのチョコフレークを。
 まだ、子どもたちが保育園に通っていた頃、朝は、よく、チョコフレークに牛乳をかけたものですませた。さらに、輪切りにしたバナナがあれば完璧。正直にいって、時間がないので、親がサボるためである。けれども、子どもたちは喜んでくれた。朝から、チョコレートを食べられるのだ。まあ、いいか。わたしも、試しに、食べてみたが、「いや、わたしは……いらない」というしかなかった。
 子どもたちが成長するにつれ、コーンフレークもチョコフレークも食卓から姿を消した。わざわざチョコフレークを食べなくとも、堂々と本物のチョコレートを食べればいいのである。それからしばらくの間、ときどきではあるが、カルビーの「フルグラ」を食べてみたこともある。フルーツグラノーラ、これもコンビニでよく売っている。オーツ麦、ライ麦、玄米等の穀物に、乾燥フルーツが入ったやつだ。酒のつまみっぽいところもあるが、これに牛乳をかけて食べる。が、それも飽きた。
 そして、時が流れた……。
 わたしに、「ダイエット」の時代がやって来た。そして、「オートミール」と出会ったのである。わたしは、「オートミール」と……恋に落ちた……。

 すいません。まあ、「恋に落ちた」という表現が大げさであることは認めるが、「オートミール」を見て、ときめいたのは事実である。いや、これは、ダイエットというプロジェクトが持つ魔法なのかもしれない。
 ダイエットを開始したときにはわからなかったが、やがて、気づいたことがある。それは、ダイエットは「体重を減らすため」にやるものでもなく、「体重を維持するため」にやるものではないということだ。もちろん、ダイエットの結果、体重は減るし、維持することもできる。
 では、ダイエットはなんのために行うのか。「食べること」を通じて、知らなかった世界を知ることができるから、である。そのことによって、「自分」というものが「変わる」からである。
 ダイエットを開始するまで、わたしは、わたしの身体についてほぼ無頓着であった。眠いなあとか、腹減ったなあとか、歯が痛いなあ、というとき、そういえば、身体があったっけ、と気づく程度だったのだ。思えば、50歳になる直前、胃潰瘍で死ぬ寸前になったことがあったが、あのときも、胃からの激しい出血で、タール便を排出し、何日も激しい目まいに襲われていたというのに、「なんとなく具合悪いなあ」としか思わなかったのだ。よく助かったよなあ……。

 というわけで、コンビニに出かけるとき、いまや、無意識でやっているのが、あらゆる食品の「栄養成分表示」を見ることである。いや、以前は、細かくチェックしていたのだが、いまや、バーコードを読みとるように、チラっと見ただけで、ほぼわかってしまうのである(というか、食品ならなんでも見ていたので、だいたい内容が予測できるようになってしまったのだ)。いまでも、「Nisshoku’s」の「オーガニック・ピュア・オートミール」と出会った瞬間は忘れられない。わたしの目に、こんな文字列が飛びこんできたのである。

「有機オーツ麦100%」
「豊富な食物繊維 精白米の約20倍 玄米の約3.5倍」
「食物繊維、鉄分が豊富 ビタミンB1も含んでいます」
「健康的な朝食に、離乳食に、食材として」
「おてがる朝食にオーバーナイトオーツ」
「温めて、とろりホットシリアル」
「お出汁でかんたん和風粥」

 とりわけ、最後の「お出汁でかんたん和風粥」には驚いた。オートミール=洋風、と思いこんでいたわたしはショックを受けた。確かに、お湯の中で柔らかくなってしまえば、米も麦もそんなに変わらない。だいたい味なんかついてないんだし。
 わたしの最初のオートミール体験は、「オーガニック・ピュア・オートミール」の袋の裏に印刷されていたレシピをそのまま実行することであった。オーガニック・ピュア・オートミール30グラム(大さじ5)+お湯180ml+顆粒だし適量、それを木の皿の中で適宜攪拌して、電子レンジで40秒。できあがったものに、梅干しとキムチを若干いれてみた。そして食べた。美味い……これ、何杯でも食べられるんだけど……。
 以来、「オーガニック・ピュア・オートミール」は、わが家のキッチンの必需品になった。とにかく早くできる。味付けフリーなのも、なにを入れてもかまわないのも便利だ。和風・洋風・中華風からインド風、インカ風(?)まで、その瞬間、気に入ったものを投入すればいい。あるいは、残ったスープ、残ったお鍋、残ったなにかの中に、最終兵器として投入する。しかも、低カロリー、高栄養。なにより、感じるのは「軽さ」だった。
 量もそれほど必要ではない。まして、赤ちゃんでも食べられるほど「軽い」。なので、いつ食べても、もたれない。
 さて、ここからが、今回の本題となる。

「オートミール」を常食とするようになってきた頃から、身体に変化を感じるようになってきたのである。
 玄米食やヴィーガンに近い食事をするようになって、当然のことだが、肉食は減っていった。白米はほとんど食べない。ということは、寿司からも遠ざかるわけである。ラーメンは一年に一度か二度。そもそも、ドカンと食べるということがなくなった。カツ丼や天丼など何年も食べてない。そういえば、鰻も食べてないし。胃にもたれそうなものは、自然に食べなくなっていたのである。
 食事の回数が、基本的に二回になったことはすでに書いた通りだ。それでも、なにかの機会に食べ過ぎて、予定体重をオーヴァーするときには、一度に食べる量を減らした。
 そんなことを繰り返しているうちに、一日に一食ということが起こるようになった。もちろん、「今日は一食!」と決断した結果、そうなったのではない。
 気がついたら夜になっていて、しかも、早寝早起きしているものだから、心の中でこう思うようになったのである。
「うーん、食べるのが面倒くさいから、もう寝よう……」
 自分で呟いて、びっくりした。食べるのが面倒くさいから、寝るの? マジで?

 そう、わたしは気づいたのだ。ダイエットは身心の変化を伴う。病気でもないのに、「別に食べなくてもいい」という心境に達したのは、生まれて初めてだったのである。

著者情報

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』、『たのしい知識──ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』、『「ことば」に殺される前に』、『これは、アレだな』、『失われたTOKIOを求めて』、『居場所がないのがつらいです』『だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな』など、多数ある。

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

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