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読むダイエット 高橋源一郎

第7回 肉か、野菜か、それが問題だ……

更新日:2020/12/23

鎌倉ベジタリアンマップ

 お久しぶりです。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。実は、わたし、しばらくの間、病の床に臥せっておりまして……ウソです。少しお休みをもらうつもりが、気がついたら、前回、この連載を書いてから、4カ月以上たっていました。記憶喪失……したわけではなく、なぜでしょう。わかりません。たぶん、コロナのせいです……。
 コロナといえば、わが町・鎌倉に、戻ってきたのだ。観光客のみなさんが、である。以前と変わったのは、外国人観光客が減ったことと、みんなマスクをつけていることだけ。「小町通り」は、元の「竹下通り」なみの混雑で、真っ直ぐ歩けない。食べもの屋も、少し前の「テイクアウト」でなんとかしのぐ状態は、ついに脱したようだ。
 けれども、コロナはまだ続いているのである。いったい、ニッポンはどうなるのだろうか……。

 ところで、最近のわたしの健康事情をお伝えしておきたい。なにしろ、これは、ダイエットに関する連載なのだから。
 体重は、一貫して、63キロと64・5キロの間を往還している。64・5を超えても、一日二食のうち、一食をリンゴだけにするとか、穀類をその日だけ完全に抜くだけで、すぐに63キロ台に戻ってしまう。ダイエットに関していうなら、わたしは、ほぼ「卒業」している。いまや、「次のステージ」に移行中なのである。
では、「次のステージ」とはなんだろうか。それは、「健康な身体」の生成ということになる。いくらダイエットに成功しても不健康では、意味がないからだ。
 とはいえ、外食だってしますよ。ただし、決まったお店である。というわけで、わたしがお世話になっている、鎌倉の名店を紹介したい。もちろん、どの店からもお金はもらっておりません。ちゃんと行っています。

 まず、「香菜軒 寓」。ここは鎌倉駅から歩いて10分ほど。材木座の住宅街の真ん中にあるので、なかなか見つかりにくい。そして、席が三つしかないのである(!)。しかも、全部、トタン屋根の別々の棟になっている。でも、一つの棟が一坪もなかったりするのだ。はっきりいって、子どもが遊びで作る「ヒミツの小部屋」である(実際に、オーナーの手作りの「お家」だけど)。この完全ベジタリアンのお店で、わたしは、もっぱら「野菜全部定食」をいただく。カレーも美味しい。ご飯は玄米+雑穀。
 仕事場から5分歩くと、「ソラフネ」がある。水・木は休みで、11時開店。古民家カフェだ。日替わり定食で、こちらも完全ベジタリアン。メインは、「大豆タンパクのから揚げ定食」である。客の大半は、女性でかつ観光客。昼飯を食べに通っているのは、わたしだけかもしれない。ご飯は玄米。
 駅の近く、小町通りに面して、「なると屋+典座(てんぞ)」がある。この店名すごくないですか。「+」の意味がわからないんだが。「サイモン&ガーファンクル」的な、なにか? ここでは月替わり定食をいただく。11時30分開店だが、開店した瞬間に、ほぼ満席になる。わたしは、45分頃に行くことが多い。一席ぐらいは空いているし、最初に入ったお客さんたちの食事が配られる頃で、1回目の分の料理を作り終わり、さあ次という時間なのである。だから、実は、ほとんど待たなくていいからだ。いうまでもなく、ここも完全ベジタリアン。
「麻心」と書いて「まごころ」と読む。由比ヶ浜の海岸沿い、3階建てのビルの2階にある。目の前が海、なので、散歩がてら出かける。ここもベジタリアンだが、店の名前にあるように「麻」がご飯に炊き込んであったりする。というか、おかずにも「麻」「麻」「麻」だ。大丈夫、危ない「麻」はありません。
 いまあげた店は、だいたい、いつでも行くことができる。わたしがよく行く店の中には、やっているのかどうか、行ってみないとわからない店がある。じゃあ、電話をかけて確かめろよ、というあなた。都会生活に毒されてます。食べるものがベジタブルなら、考え方もデジタルではなく「ベジタル」にしましょう。
 まず、大町四つ角というか、「ソラフネ」のすぐ近くにある「オイチイチ」。注意しないと、通り過ぎてしまうくらい地味な店で、出ている看板は「SOZAI」(=惣菜、の意味)である。夜は居酒屋、昼だけ、定食(日替わり)がある。何が出てくるかわからない。ここもベジタリアン。調理してくれる、オーナーの奥さまは、いつもキッチンの方にいらっしゃるので、外から見ると、やっているのかどうかわからない。外から覗いていると、中で、奥さまが、手で○を作ってくれる。やっている、というマークである。終わりの時間も決まっていない。なんとなく始まって、なんとなく終わる。
 もっとレアな店がある。「酵素玄米ごはん専門CAFE」の「コスモキッチン」だ。ここは由比ヶ浜通りに面した2階にある。以前は、週末だけやっていたのだが、コロナ禍以来、シャッターが下りてしまった。ここはベジではなく、酵素玄米専門店なので、肉もオーケイ。というか、酵素尽くしの店なのだ。この前、偶然通りかかったとき、なぜかピンと来て、2階に上がったら、やっていたのである。話を聞いたら「なんとなく、気分で開けてみた」とのことで、気が向いたら、また週末ぐらいにはやるかもしれない(やらないかもしれない)、とのことだった。行って、開いている確率は、わたしの競馬予想が当たる確率に近い。いい感じだと思いませんか?
 週末だけといえば、「エリぱんの旅するバインミー」だ。美味しい店は、名前も気合が入っている。この店は、御成通り商店街のはずれにひっそりと存在している。店の入口が1メートルぐらいしかないので、注意しないと、みんな通りすぎてしまう。ここの名物は、店名にもある「バインミー(ベトナムのサンドイッチ)」である。チキンもポークもいけるが、やはり、おすすめは「ベジ」だ。パン+野菜+豆腐、気分は仏教徒である。この店も、コロナに翻弄され、必ず開いているのは(というか、バインミーを売っているのは)、土日だけだった(と書いて、その後行ってみたら木金もやるようになっていた)。
 それから……すいません。調子に乗ってしまった。ダイエットの連載だったはずなのに、これでは、「日本美味しいもの巡り、鎌倉篇」になってしまう。しかし、それも無理はない。ダイエットと健康を目指し、日々を過ごしているうちに、いつの間にか、わたしは「ベジタリアン」っぽくなってしまったのだ。

 三食から「ほぼ二食」に移行してからは、どうやら、胃が小さくなったらしく、食べる量そのものが減ってきた。脂っこいものも、なんだか食べたくなくなってきている。ステーキ屋の前を通っても、食指が動かない。その代わり「完全ベジタリアンレストラン」なんて看板を見つけると入りたくなる。そればかりか、ケーキやラーメンにも関心がなくなる。まあ、相変わらず、チョコレートは食べているが(いうまでもなく、カカオ72%の商品である。いま凝っているのは、オレンジピール・チョコである)、煎餅も胃にもたれるような気がしてきた。
 どうやら、食生活全般が変化してきたようなのである。その結果だろうか、劇的な変化がいま起こりつつある。なんと、睡眠時間が増えてきたのである! これには心底驚いた。
 わたしは長い間、というか、生まれてからずっと「短時間睡眠者=ショート・スリーパー」だと思いこんできた。時々、長時間睡眠をとるものの、いつも徹夜で(学生時代は)一夜漬け、(作家になってからは)一夜書き……いや、手を抜いているわけではありません! ぎりぎりになって、睡眠を削り、せいぜい2時間の睡眠で原稿を書き、倒れるように眠る。そうでなければ、仕事ができないものだ、と思ってきた。そもそも、2時間、せいぜい3時間も寝ると、目が覚めてしまう。寝るとしてもいったん起きて、しばらくたって寝るしかなかったのである。
 ところが、ひと月ほど前。連続6時間眠ってしまったのである! いったい何年ぶり? 驚天動地の出来事に驚いていると、その3日後には、7時間連続睡眠。そして、みなさん、聞いてください。一昨日には、8時間連続睡眠という快挙を打ち立てたのだ。なんだか、怖いです。もしかしたら、今度寝たら、二度と、目が覚めないのではないでしょうか。わからないけど。
 もちろん、一日、8千歩から1万歩の散歩と「年齢+1」回のスクワットも継続中である。もはや、ダイエットを超え、体質改善も超えて、人類の次の段階に達しつつあるのかもしれない。アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」だ。まあ、人生の終わりも近いのだが。
 この劇的な変化は、やはり、ベジタリアン的な食事に移行しつつあるからなのかもしれない。だが、なぜ、ベジなのか。ほんとうに、ベジ=野菜を食べることは、人間の健康に有益なのか。それは、わたしがかねがね疑問に思っていたことだった。
 みなさんも、ベジ=健康、肉食=不健康、となんとなく思ってはいませんか。もし、それが事実なら、立ち食いステーキ屋も、ハンバーガーショップも、公害やイスラム国なみに糾弾されるべきではないのか。
 健康でありたいと思う人間なら、誰もが関心を抱くこの問題について、今回は考えてみたい、と思っている。
 だが、ベジの言い分だけを聞くわけにはいかない。反ベジ派というか、野菜の反対側にいらっしゃる肉派の言い分も聞くべきではないか。もちろん、ツイッターで、証拠も一切出さずに、「おれは勝った。負けたのは、陰謀」といっているどこかの国の大統領のような本は除き、であるが。

著者情報

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』、『たのしい知識──ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』、『「ことば」に殺される前に』、『これは、アレだな』、『失われたTOKIOを求めて』、『居場所がないのがつらいです』『だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな』など、多数ある。

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