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読むダイエット 高橋源一郎

第2回 明智光秀と忍者ダイエット

更新日:2020/03/04

「食べ順ダイエット」と若者たち

 万巻(というほどじゃありませんが)の(ダイエット)書を読んだ後、わたしは、とりあえず簡単そうなダイエットから挑戦してみた。最初にやったのは、忘れもしない「食べ順ダイエット」である。
 その理由は、「簡単だから」である。まあ、これくらい簡単にできるダイエットは他にないんじゃないだろうか。だって、それまでのように、三食食べていても、夜更かし朝寝で不規則な生活をおくっていても、ジャンクフードを食べようが、酒びたりになろうが、そもそも食事の内容なんかまるで気にしなくてもいいのである。変える必要まったくなし。とりあえず、それまでと食べる順番を変えるだけでオーケイなのである。すごくないですか、これ。
 まあ、厳密にいうと、それまでとまったく同じ内容の食べ物ばかりだと、効果が限定的になってしまうので、なるたけ野菜はとっていただきたい。それだけでも効果抜群である。もっともやり方は、以下の番号順に完食してゆくことである。

(1)野菜サラダ
(2)主菜となるオカズ(肉や魚)
(3)ご飯

(1)を食べ終わると(2)に移動する。そして(2)を食べ終わると(3)に移動。以上。これだけである。これだけ守れば、後は、お好きなように食べればいいのである。
 ここで重要なのは、炭水化物を最後に持ってくることだ。それだけ。(1)は野菜サラダがベストなのだが、イヤなら、果物だっていいし、カロリーがほとんどないもの、たとえばコンニャクだっていいだろう。炭水化物とタンパク質以外ならなんでもオーケイ。なんなら、水だっていいはずである(たぶん。後で腹が空くかもしれないが)。いや、お菓子はダメですよ! 決まってるでしょ!
(2)はタンパク質を含む主菜だから、ここに豆腐類を投入してもかまいませんね。この前後に、味噌汁やスープをはさんでもオーケイ。まあ、なんでもいいんです。ふだん食べてるものなら。そして、できれば、なるたけ時間をかけ、よく噛んで(これもダイエット本に書いてますね、必ず)。じゃあ、お前はちゃんとやっているかというと、すいません。結局、早飯で、ほとんど噛まずに呑みこんでます……。でも、効果がある。スゴいですね。
 さて、(1)(2)と完食すると、どうなるか。
「満腹感がある」のである。この辺は、個人差があると思うが、わたしの場合、(1)と(2)が終わった段階で、「なんか、けっこうお腹一杯なんだけど」という感じがするのである。この「食べ順ダイエット」、慣れるに従って、どんどん(1)の野菜サラダが増量してゆき、それだけ、(3)に到着したときには、「もう十分!」となっている。要するに、胃袋の中身を「野菜と肉(だけれど、できるだけ野菜多め)」で一杯にして、「ご飯が入る隙間がない!」という状態にしようという魂胆なのである。いや、なんという策略。張良みたいですね(えっと、この人、劉邦の軍師だった人です)。
 この「食べ順ダイエット」、きわめて順調に進み、ただ野菜サラダを食べるだけでは満足しなくなって、ついには、「オリジナルドレッシング」作りへ邁進してゆくことになるのだから、自分でもびっくり。そうやって、オリジナルのアイデアを作り出せるほど、ダイエットと「友だち」になれれば、しめたものである。この「高橋源一郎特製ドレッシング」作製への血と汗と涙の物語は、またいつかご紹介しよう。もっとご紹介したいことが実はあるのだ。

 もちろん、我が家でダイエット活動をしているのはわたしだけである。なので、わたしと他の家族とで食事の内容が異なることも多かった。とはいえ、「食べ順ダイエット」の場合は、内容は問わないので、同じ食事をとることができる。わたしの前だけ、別の皿が並ぶのは、それが豪華なものであったとしても、逆に、粗食といえるものだったとしても、気分はビミョー。しかし「食べ順ダイエット」なら気にしないですむわけだ。
 その日も、わたしはふつうに「野菜サラダ」から食べていた。そして、突然、あることに気づいたのである。何だと思いますか。子どもたちも「食べ順ダイエット」をしていたのである。いや、正確にいうと、単なる「食べ順」食事(こんなことばはありませんが)をしていたのだ。
 その日のメニューは以下の通り。
(1)野菜サラダ(鎌倉野菜中心+ゆで卵+ワカメ等)
(2)ブタしょうが焼き
(3)酢の物
(4)味噌汁(具材は忘れた)
(5)ご飯
(6)漬け物

 子どもたち(当時、中二と中一)の食事の様子を見ていると、次のようなものであった。
☆長男
 まず(2)にとりかかり完食→続いて(3)→その部分も完食すると→(4)を飲み干し→(5)の大盛りのご飯を完食→(6)もさっと食べると→最後に(1)のサラダにとりかかる→残念、半分残り。
☆次男
 まず(5)のご飯に「ゆかり」をふりかけてゆっくりと味わいながら、最後の一粒まで箸で拾って完食→続いて(2)のブタしょうが焼きをじっくり味わいつつ完食→「疲れたから休み」といって5分ほどソファで休憩→この頃には他のメンバーは食事終了→ふいにソファから起き上がり再びダイニングテーブルに向かい(3)の酢の物を一つずつ、箸でつまみながら完食、「酸っぱいね」と感想をいう→「あっ」と驚くような表情を浮かべる、どうやら(6)の漬け物を発見したらしい、これも一つずつていねいに箸でつまみつつ完食→長男、「見るアニメがあるから行くね」とテーブルを離れる→すっかりさめてしまった(4)の味噌汁を静かに飲み干す→(1)の野菜サラダを凝視している→おそらく、もう満腹なのだろう、うるうるする目つきで母親を眺める→母親「しんちゃん、もう食べなくていいよ」という→ニッコリ笑う。

 気づかれたであろうか。順番こそわたしと違うが、子どもたちも、一つ一つの皿(もしくは小鉢)を順番に完食しながら、進んでいるのである。わたしは妻に訊いてみた。
「ねえ、うちの子どもたち、いつからああやって、一皿ずつ順に食べてるの?」
「ああ! いわれてみれば、そうだわ! いつからだろう……わからないわ」

 そこで、わたしは、子どもたちに直接質問してみたのである。いったい、どうして、一つ一つの皿を順番に完食しながら食べているのか、と。すると、ふたりの答えは同じであった。
「えっ? 違う食べものが口の中で混じったら気持ち悪くない?」

 そもそも、食べものは口の中で混じらなくても、胃の中で混じってるんじゃないのかなあ。でも、口の中で食べものが混じったら気持ち悪い、っていう感想には驚いた。それだけじゃありません。

 きみたち変わった食べ方だね、といったら、こんな答えが返ってきたのである。

「えっ? みんなこうやって食べてるけど」
「みんな?」
「そうだよ。ふつうはこうだよ」

 ええええええっ? いまの子どもたちは、自然に「食べ順ダイエット」をやってるわけ? っていうか、最後にサラダを食べてちゃ、ダイエットじゃないよね、それ……お腹一杯で、もうサラダ入んないじゃん……。

 いや、ほんとに知らなかった。これが「節食」だとか「過食」だとか「拒食」なら、親だって気がつく。何か異常が起こっていることに、である。けれども、なんとなく、子どもたちが食事をしている様子を見ているだけでは、この変化にはなかなか気づかないはずである。
 いったい子どもたちの嗜好に何が起こっているのだろうか。親たちが知らぬうちに、人類は「幼年期」を終え、「口の中で異なる食べものが混じるのがイヤ」という新人類に進化していたのだろうか。もしかしたら、子どもたちの味覚に途方もない変化が生じているのかもしれないのだ。
 前回も書いたと思うが、子どもたちには教わることばかりである。「小説家になろう」という小説投稿サイトを教えてくれたのも長男だ。
「パパ、小説家なのに、『小説家になろう』も知らないの! ヤバいよ!」という長男に教えられ、いまや「なろう」系と呼ばれるラノベ作家の一群がいて、小説家を志す者はまず第一にここに来るんだよ、というのである。さすがに、家の中に山ほどあるわたしの小説をまったく読まずに、死ぬほどラノベを読んでいるだけのことはある。最近の一推しは『Fate/strange Fake』だそうです……。
 それはともかくダイエットは、ただわたし個人の身体の問題ではなく、子どもたちの新しい文化、未知との遭遇のきっかけにもなったのである。この件についても、また、これから書いてゆくつもりだ。

 さて、いよいよ、ダイエットに関する本である。長男に訊いても、まだ、「ダイエット本を書こう」というサイトはないようだ。だから、安心して、わたしが興味を惹かれた本について書くことができる。というか、これを紹介しないで、ダイエットを語ることはできない、という決定的な本である。なにしろ、カバー(の折り返し部分)に、こう書いているのだから。

「真のダイエット本がここにあります。医学博士 植田美津恵」

「医学博士 植田美津恵」さんこそ、自信満々に放たれたこの本の著者である。その本のタイトルこそ、
『忍者ダイエット』

忍者には肥満者がいない

 植田さんは、どうして、こんなにも自信たっぷりなのか。その理由について、植田さんはこう書いている。

「私は『戦国武将の健康術』(ゆいぽおと)という本を執筆したとき、当時活躍した忍者の実態も、調べてみました。そして彼らの行動や習慣を知るにつれ、あることに気づいたのです。
 それは、忍者には肥満者がいないということです。
 忍者特有の密やかな動きや身のこなしを思い浮かべてみてください。
 足音立てずに忍び足で歩くかと思えば、疾風のごとく風を切って走ったり飛んでみたり。任務を全うするためには、忍者が太って動きが鈍いのではお話になりません。
 忍者はスリムでいて当たり前、彼らの生活そのものがダイエットだといえるのです。

『すべてのダイエットは忍者に通ず』──。

 これが、私の『忍者&ダイエット』を追求した結論です。
 今あるほとんどのダイエット法は、かつて忍者たちが生活の中に取り入れてきたものばかり。彼らの生活や心身の鍛錬法を真似ることで、身体が健康的に引き締まり、心の安寧を手に入れることができればまさに一石二鳥、ストレス社会に負けない強靱でしなやかな心身を保つことができることと思います」

 これはスゴい。感動した、である。
 そもそも、どんなダイエット法も「××をやれ」「○○を食べろ」というものばかりだ。要するに、一つ一つ、何かをすることの積み重ねにすぎない。受験勉強と同じである。やらなきゃならないからやっている。それだけだ。
 一つわかりやすい例をあげてみよう。
 かりにあなたが作家になりたいとします。その場合、「本を読め」とか「作家の文章を書き写せ」とか「新人賞に応募しろ」とかいわれて、それを実践しても、作家にはなれません。いちばん大切なのは、自分がどんな作家になりたいか想像できること、なのである。まずは、なりたい「作家」像があって、それに向かって努力してゆく。いや、それならどんな努力だって惜しまないだろう。自分でやり方を考えることだってできる。細かい方法ではなく、究極の理想像を持つことが重要なのだ。
「ダイエットをする」ではなく「忍者になる」のである。
 さあ、みなさん、心して、植田さんのことばに耳をかたむけ、忍者になって、ダイエットを成功させようではありませんか。

「『忍者ダイエット』と聞いて、『なんのこと?』『ふざけているの?』と、尋ねる方もいると思いますが、もちろん、ふざけてなどいません。いえ、むしろこの本以外のすべてのダイエット本のほうがふざけているのではないかと思うくらいです」

 植田さんがこれほど自信を持って断言できるのには理由がある。それは、

「本書はまず、ダイエット本におけるタブーに斬り込んでいきます。
 ダイエット本のタブー、それはダイエットとは、そもそも辛く苦しいものだという事実です」

植田美津恵『忍者ダイエット』 サイドランチ

 その通り。わたしはこの二年、たくさんのダイエット法を試してみた。その結果、次のような結論に達したのである。
 まず、
「どんなダイエットにも効果がある」ことである。

 びっくりするかもしれませんが、ほんとなんですよねえ。どのダイエットも、その本の言う通りにやれば、効き目に違いはあっても、ほぼ間違いなくヤセます。
 では、どうして、みんなダイエットに失敗するのか。その理由も簡単。
「ダイエットが辛いから」なのである。
 ダイエット法が間違っているのではない。ダイエットをすることが辛くてイヤになっちゃうからダイエットが続かないのである。
 植田さんは、その根本部分にメスを入れた。「辛い」気持ちを持たなくすること。そのためにいちばん有効なのが、
「忍者になる」ことだったのだ。

著者情報

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』、『たのしい知識──ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』、『「ことば」に殺される前に』、『これは、アレだな』、『失われたTOKIOを求めて』、『居場所がないのがつらいです』『だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな』など、多数ある。

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