集英社 知と創意のエンタテイメント 学芸・ノンフィクション

文字サイズを変更

  • Facebook
  • Twitter

文字サイズを変更

Nonfiction

読み物

読むダイエット 高橋源一郎

第2回 明智光秀と忍者ダイエット

更新日:2020/03/04

 なぜ明智光秀? なぜ忍者? みなさんの中に、そんな疑問がふつふつと湧いてくるかもしれない。いくらNHKで、明智光秀を主人公にした大河ドラマ『麒麟がくる』が始まったからといって、まるで便乗商法。それとも、『麒麟がくる』に出演予定だった沢尻エリカと何らかの関係があるのか。薬物を愛用するとヤセるというので、薬物ダイエットとか……。それは、後でわかりますので。まずは、ここから。

何でもやってみた

 さて、第1回でお伝えしたように、ダイエットを決意したわたしが最初に試みたのは、「本屋に行く」ことであった。そして、数多くのダイエット本を購入したのである(最初の一カ月でおよそ80冊)。そして、わかったのは、
「大したことは書いてない」
……ということであった。
 正確にいうなら、どのダイエット本にも、「まあ、そうだろうな」ということしか書いてはいなかったのである。あるいは、「すべて想像の範囲内」というか。
 たとえば、前回も書いたように、
「ダイエットの基本は食べないことである」とか、である。
 そりゃ、そうだろう。食べなきゃ、ヤセるに決まっているではありませんか。
 他にも、
「運動が大事」
 当り前だ。何もしなけりゃ、カロリーをほとんど消費しないのだから。
「栄養のバランスは大切に」
 そんなこと、うちの母親だっていってました。
「適度の睡眠、早寝早起きはマスト」
 それ、うちの祖母だっていってたけど。
「旬の野菜を食べましょう」
 あの、うちの叔母ちゃんの口癖だったんだけど……。
 その他、もろもろ。
「発酵食品をとりましょう」
「繊維質をとって、便秘を防ごう」
「白米よりも玄米を、白いパンより黒いパンを」
「フランス人に心臓病が少ないのは、赤ワインでポリフェノールを摂取しているからだ」
「沖縄の人たちが長命なのは、サトウキビで作った焼酎を飲んでいるからだ」
「長寿で有名なフンザ人は、全粒粉の小麦パンとヨーグルトしか食べない」
「トランス脂肪酸は食べるプラスチックだから、エゴマ油がお勧め」
「牛乳の過剰摂取は骨粗鬆症を招く」
等々。
 しかし、である。これら、すべてのダイエット本たちのいうことをぜんぶ聞いていたら、どうなるか。まずは、
「どうしていいのかわからなくなる」のである。
 たとえば、代表的なダイエットに、
「朝食抜きダイエット」がある。
 しかし、これまた、世の「ダイエット本」の多くは、
「絶対に朝食だけは抜いてはならない」と主張しているのである。いや、どっちが正しいのだろうか。両者の主張を共に満足させるダイエットはこの世界には存在しない。トランプ大統領とイスラム国が和解しようと絶対無理。

 だいたい、一つ一つのダイエット法は納得がいくとしても、これほど大量の情報を、我々は「消化」できない。じゃあ、面倒くさいから、とりあえず、健康に良いものを食べることにすると、今度は、別の問題が発生する。
「食べすぎて太る」
のである。それだけではない。健康にいいことを全部していたら、仕事の時間や遊びの時間がなくなってしまうのだ!
 他のすべてを犠牲にして、健康やダイエットのために生きることになる……そりゃ、おかしいでしょう。
 そして、これらダイエットや健康に「いいこと」のどれを省いてもかまわないのかは、ダイエット本には書いていないのである。なにしろ、その本に書いてあることだけは省いてはならないのだから。残念なことだ。
 じゃあ、どうすればいいのか。いや、考えるまでもない。わたしがいつもやっているやり方で前へ進むしかない。それは、
「とりあえずやってみる」だ。

「食べ順ダイエット」と若者たち

 万巻(というほどじゃありませんが)の(ダイエット)書を読んだ後、わたしは、とりあえず簡単そうなダイエットから挑戦してみた。最初にやったのは、忘れもしない「食べ順ダイエット」である。
 その理由は、「簡単だから」である。まあ、これくらい簡単にできるダイエットは他にないんじゃないだろうか。だって、それまでのように、三食食べていても、夜更かし朝寝で不規則な生活をおくっていても、ジャンクフードを食べようが、酒びたりになろうが、そもそも食事の内容なんかまるで気にしなくてもいいのである。変える必要まったくなし。とりあえず、それまでと食べる順番を変えるだけでオーケイなのである。すごくないですか、これ。
 まあ、厳密にいうと、それまでとまったく同じ内容の食べ物ばかりだと、効果が限定的になってしまうので、なるたけ野菜はとっていただきたい。それだけでも効果抜群である。もっともやり方は、以下の番号順に完食してゆくことである。

(1)野菜サラダ
(2)主菜となるオカズ(肉や魚)
(3)ご飯

(1)を食べ終わると(2)に移動する。そして(2)を食べ終わると(3)に移動。以上。これだけである。これだけ守れば、後は、お好きなように食べればいいのである。
 ここで重要なのは、炭水化物を最後に持ってくることだ。それだけ。(1)は野菜サラダがベストなのだが、イヤなら、果物だっていいし、カロリーがほとんどないもの、たとえばコンニャクだっていいだろう。炭水化物とタンパク質以外ならなんでもオーケイ。なんなら、水だっていいはずである(たぶん。後で腹が空くかもしれないが)。いや、お菓子はダメですよ! 決まってるでしょ!
(2)はタンパク質を含む主菜だから、ここに豆腐類を投入してもかまいませんね。この前後に、味噌汁やスープをはさんでもオーケイ。まあ、なんでもいいんです。ふだん食べてるものなら。そして、できれば、なるたけ時間をかけ、よく噛んで(これもダイエット本に書いてますね、必ず)。じゃあ、お前はちゃんとやっているかというと、すいません。結局、早飯で、ほとんど噛まずに呑みこんでます……。でも、効果がある。スゴいですね。
 さて、(1)(2)と完食すると、どうなるか。
「満腹感がある」のである。この辺は、個人差があると思うが、わたしの場合、(1)と(2)が終わった段階で、「なんか、けっこうお腹一杯なんだけど」という感じがするのである。この「食べ順ダイエット」、慣れるに従って、どんどん(1)の野菜サラダが増量してゆき、それだけ、(3)に到着したときには、「もう十分!」となっている。要するに、胃袋の中身を「野菜と肉(だけれど、できるだけ野菜多め)」で一杯にして、「ご飯が入る隙間がない!」という状態にしようという魂胆なのである。いや、なんという策略。張良みたいですね(えっと、この人、劉邦の軍師だった人です)。
 この「食べ順ダイエット」、きわめて順調に進み、ただ野菜サラダを食べるだけでは満足しなくなって、ついには、「オリジナルドレッシング」作りへ邁進してゆくことになるのだから、自分でもびっくり。そうやって、オリジナルのアイデアを作り出せるほど、ダイエットと「友だち」になれれば、しめたものである。この「高橋源一郎特製ドレッシング」作製への血と汗と涙の物語は、またいつかご紹介しよう。もっとご紹介したいことが実はあるのだ。

 もちろん、我が家でダイエット活動をしているのはわたしだけである。なので、わたしと他の家族とで食事の内容が異なることも多かった。とはいえ、「食べ順ダイエット」の場合は、内容は問わないので、同じ食事をとることができる。わたしの前だけ、別の皿が並ぶのは、それが豪華なものであったとしても、逆に、粗食といえるものだったとしても、気分はビミョー。しかし「食べ順ダイエット」なら気にしないですむわけだ。
 その日も、わたしはふつうに「野菜サラダ」から食べていた。そして、突然、あることに気づいたのである。何だと思いますか。子どもたちも「食べ順ダイエット」をしていたのである。いや、正確にいうと、単なる「食べ順」食事(こんなことばはありませんが)をしていたのだ。
 その日のメニューは以下の通り。
(1)野菜サラダ(鎌倉野菜中心+ゆで卵+ワカメ等)
(2)ブタしょうが焼き
(3)酢の物
(4)味噌汁(具材は忘れた)
(5)ご飯
(6)漬け物

 子どもたち(当時、中二と中一)の食事の様子を見ていると、次のようなものであった。
☆長男
 まず(2)にとりかかり完食→続いて(3)→その部分も完食すると→(4)を飲み干し→(5)の大盛りのご飯を完食→(6)もさっと食べると→最後に(1)のサラダにとりかかる→残念、半分残り。
☆次男
 まず(5)のご飯に「ゆかり」をふりかけてゆっくりと味わいながら、最後の一粒まで箸で拾って完食→続いて(2)のブタしょうが焼きをじっくり味わいつつ完食→「疲れたから休み」といって5分ほどソファで休憩→この頃には他のメンバーは食事終了→ふいにソファから起き上がり再びダイニングテーブルに向かい(3)の酢の物を一つずつ、箸でつまみながら完食、「酸っぱいね」と感想をいう→「あっ」と驚くような表情を浮かべる、どうやら(6)の漬け物を発見したらしい、これも一つずつていねいに箸でつまみつつ完食→長男、「見るアニメがあるから行くね」とテーブルを離れる→すっかりさめてしまった(4)の味噌汁を静かに飲み干す→(1)の野菜サラダを凝視している→おそらく、もう満腹なのだろう、うるうるする目つきで母親を眺める→母親「しんちゃん、もう食べなくていいよ」という→ニッコリ笑う。

 気づかれたであろうか。順番こそわたしと違うが、子どもたちも、一つ一つの皿(もしくは小鉢)を順番に完食しながら、進んでいるのである。わたしは妻に訊いてみた。
「ねえ、うちの子どもたち、いつからああやって、一皿ずつ順に食べてるの?」
「ああ! いわれてみれば、そうだわ! いつからだろう……わからないわ」

 そこで、わたしは、子どもたちに直接質問してみたのである。いったい、どうして、一つ一つの皿を順番に完食しながら食べているのか、と。すると、ふたりの答えは同じであった。
「えっ? 違う食べものが口の中で混じったら気持ち悪くない?」

 そもそも、食べものは口の中で混じらなくても、胃の中で混じってるんじゃないのかなあ。でも、口の中で食べものが混じったら気持ち悪い、っていう感想には驚いた。それだけじゃありません。

 きみたち変わった食べ方だね、といったら、こんな答えが返ってきたのである。

「えっ? みんなこうやって食べてるけど」
「みんな?」
「そうだよ。ふつうはこうだよ」

 ええええええっ? いまの子どもたちは、自然に「食べ順ダイエット」をやってるわけ? っていうか、最後にサラダを食べてちゃ、ダイエットじゃないよね、それ……お腹一杯で、もうサラダ入んないじゃん……。

 いや、ほんとに知らなかった。これが「節食」だとか「過食」だとか「拒食」なら、親だって気がつく。何か異常が起こっていることに、である。けれども、なんとなく、子どもたちが食事をしている様子を見ているだけでは、この変化にはなかなか気づかないはずである。
 いったい子どもたちの嗜好に何が起こっているのだろうか。親たちが知らぬうちに、人類は「幼年期」を終え、「口の中で異なる食べものが混じるのがイヤ」という新人類に進化していたのだろうか。もしかしたら、子どもたちの味覚に途方もない変化が生じているのかもしれないのだ。
 前回も書いたと思うが、子どもたちには教わることばかりである。「小説家になろう」という小説投稿サイトを教えてくれたのも長男だ。
「パパ、小説家なのに、『小説家になろう』も知らないの! ヤバいよ!」という長男に教えられ、いまや「なろう」系と呼ばれるラノベ作家の一群がいて、小説家を志す者はまず第一にここに来るんだよ、というのである。さすがに、家の中に山ほどあるわたしの小説をまったく読まずに、死ぬほどラノベを読んでいるだけのことはある。最近の一推しは『Fate/strange Fake』だそうです……。
 それはともかくダイエットは、ただわたし個人の身体の問題ではなく、子どもたちの新しい文化、未知との遭遇のきっかけにもなったのである。この件についても、また、これから書いてゆくつもりだ。

 さて、いよいよ、ダイエットに関する本である。長男に訊いても、まだ、「ダイエット本を書こう」というサイトはないようだ。だから、安心して、わたしが興味を惹かれた本について書くことができる。というか、これを紹介しないで、ダイエットを語ることはできない、という決定的な本である。なにしろ、カバー(の折り返し部分)に、こう書いているのだから。

「真のダイエット本がここにあります。医学博士 植田美津恵」

「医学博士 植田美津恵」さんこそ、自信満々に放たれたこの本の著者である。その本のタイトルこそ、
『忍者ダイエット』

忍者には肥満者がいない

 植田さんは、どうして、こんなにも自信たっぷりなのか。その理由について、植田さんはこう書いている。

「私は『戦国武将の健康術』(ゆいぽおと)という本を執筆したとき、当時活躍した忍者の実態も、調べてみました。そして彼らの行動や習慣を知るにつれ、あることに気づいたのです。
 それは、忍者には肥満者がいないということです。
 忍者特有の密やかな動きや身のこなしを思い浮かべてみてください。
 足音立てずに忍び足で歩くかと思えば、疾風のごとく風を切って走ったり飛んでみたり。任務を全うするためには、忍者が太って動きが鈍いのではお話になりません。
 忍者はスリムでいて当たり前、彼らの生活そのものがダイエットだといえるのです。

『すべてのダイエットは忍者に通ず』──。

 これが、私の『忍者&ダイエット』を追求した結論です。
 今あるほとんどのダイエット法は、かつて忍者たちが生活の中に取り入れてきたものばかり。彼らの生活や心身の鍛錬法を真似ることで、身体が健康的に引き締まり、心の安寧を手に入れることができればまさに一石二鳥、ストレス社会に負けない強靱でしなやかな心身を保つことができることと思います」

 これはスゴい。感動した、である。
 そもそも、どんなダイエット法も「××をやれ」「○○を食べろ」というものばかりだ。要するに、一つ一つ、何かをすることの積み重ねにすぎない。受験勉強と同じである。やらなきゃならないからやっている。それだけだ。
 一つわかりやすい例をあげてみよう。
 かりにあなたが作家になりたいとします。その場合、「本を読め」とか「作家の文章を書き写せ」とか「新人賞に応募しろ」とかいわれて、それを実践しても、作家にはなれません。いちばん大切なのは、自分がどんな作家になりたいか想像できること、なのである。まずは、なりたい「作家」像があって、それに向かって努力してゆく。いや、それならどんな努力だって惜しまないだろう。自分でやり方を考えることだってできる。細かい方法ではなく、究極の理想像を持つことが重要なのだ。
「ダイエットをする」ではなく「忍者になる」のである。
 さあ、みなさん、心して、植田さんのことばに耳をかたむけ、忍者になって、ダイエットを成功させようではありませんか。

「『忍者ダイエット』と聞いて、『なんのこと?』『ふざけているの?』と、尋ねる方もいると思いますが、もちろん、ふざけてなどいません。いえ、むしろこの本以外のすべてのダイエット本のほうがふざけているのではないかと思うくらいです」

 植田さんがこれほど自信を持って断言できるのには理由がある。それは、

「本書はまず、ダイエット本におけるタブーに斬り込んでいきます。
 ダイエット本のタブー、それはダイエットとは、そもそも辛く苦しいものだという事実です」

植田美津恵『忍者ダイエット』 サイドランチ

 その通り。わたしはこの二年、たくさんのダイエット法を試してみた。その結果、次のような結論に達したのである。
 まず、
「どんなダイエットにも効果がある」ことである。

 びっくりするかもしれませんが、ほんとなんですよねえ。どのダイエットも、その本の言う通りにやれば、効き目に違いはあっても、ほぼ間違いなくヤセます。
 では、どうして、みんなダイエットに失敗するのか。その理由も簡単。
「ダイエットが辛いから」なのである。
 ダイエット法が間違っているのではない。ダイエットをすることが辛くてイヤになっちゃうからダイエットが続かないのである。
 植田さんは、その根本部分にメスを入れた。「辛い」気持ちを持たなくすること。そのためにいちばん有効なのが、
「忍者になる」ことだったのだ。

忍者へのロング&ワインディングロード

 ダイエットは辛い。誰だって、辛いものは辛いのだ。そして、辛いから挫折する。では、どうすれば、挫折しないですむのか。辛さを超える喜びがあればいいのである。
 ダイエットをする、といえば辛い。
 でも、忍者になることを想像してみましょう。なんかウキウキしてきませんか。まずは、周りに忍者になることを宣言することを植田さんは勧めています。

「忍者としてダイエットをはじめたからには、しっかりと周りの方々にダイエットを行なっていること、今、忍者として過ごしていることを告げておきましょう。

 飲みの席などで過度なすすめにあった時でも、
『わたし今、ダイエット中なので……』と、ややひけ目に回避するのではなく、
『わたし今、忍者なので!』と、己の欲を断ち斬っている姿を見せることで、
『忍者でいるのでしたら、仕方がない』と、周りも納得し、かつ尊敬の念をもって、ダイエットを続ける皆様を応援する立場に変化します。

 世界中どこへ行っても、『忍者』というスタンスは通じます。
 そのストイックな様は、世界的にもCOOLでかっこいい者の象徴として認知され、愛想を振りまくことなどないにもかかわらず、愛されるキャラクターでいるのです」

 確かに「ダイエットをしています」といっても、せいぜい「そうなの、頑張って」という反応しか返ってこない。これが、
「今、わたし、忍者をやってます」といえば、欧米人なら間違いなく「COOL!」といってくれるだろう。いや、ふだん地味で目立たない人であればあるほど、「忍者やってます」とのギャップで萌えてくれる人も多いのではあるまいか。もしかしたら、「コスプレやってるんですか?」と別の趣味の人が近づいてくるかもしれず、やって損はない。なにしろ、気分さえ「上がれ」ば、ダイエットは半ば成功したようなものなのだから。
 では、「忍者として」具体的に何をすればいいのだろうか。

「朝、目が覚めた時に、皆さんは何をしているでしょうか?
 目覚める瞬間、寝ている間も含め、人が常に行なっている運動があります。
 それが、『呼吸』です」

「呼吸」を侮ってはいけない。「呼吸」は基礎代謝に深く関わっているのである。男性は1500キロカロリー、女性なら1200キロカロリー。これが「生きているだけで消費しているカロリー」、すなわち基礎代謝である。ということは、この基礎代謝を上げれば、当然、同じものを食べていてもダイエットをすることができる。そして、
「基礎代謝を上げるために『誰もが毎日自然と行ない』、かつ『意識的に変えることができる』運動──そのひとつが呼吸法であり、つまり呼吸の仕方を変え日々を過ごすだけで、消費カロリーが大きく変わるのです」

 ちなみに、その呼吸法は「丹田」という体の「芯」を意識して深く呼吸することですが、これによって、深い筋肉群、「深層筋群」を鍛え、基礎代謝が上がるんだそうです。いや、忍者って、科学的なんですねえ。詳しくは、本に書いてありますので。

 呼吸法をやったら、次は「忍者として朝食を食べる」ことです。

「本来、食事という、自分とは違う異物を口の中に入れる(身体に取り込む)行為は、極めて特異な行為であり、まがりなりにも口の中に入れた後は、その異物自体が自身の一部になるわけですから、たった一口であっても、まさに忍者のマインドをもって抜かりなく、そして鋭く吟味しなくてはならないのです。

 仮に毒性の強いものでしたら、たった一口で死に至ります」

 なんという警戒心。でも、それぐらいの強い意志と集中力で食物に向かい合わなければダイエットを成功させることなどできないのである。ちなみに、具体的にどうすればいいかというと、「よく噛むこと」だそうです。なんだ……。いや、その先がまたスゴい。

「朝食をゆっくりと味わったら、さあ、着替えを整えて外出しましょう。
 身なりを整えることにおいても、忍者は油断をしてはいけません。
 布を身にまとうだけのダイエットというものも存在しており、事実それには効果が期待できる要素も見られるのです。
 まずは姿形から。映画やドラマでお馴染みの忍者衣装、布を巻きつけて形成されたような『黒装束』で知られていますが、実は、黒だとかえって闇の中で浮いて見え、目立ってしまうため、本来の色は黒ではなく、紺か渋い柿色が主でした。
 しかし、黒という色はシャープで締まった印象を与えることから、忍者にぴったりとのことで、黒装束のイメージが定着したのだと推測されます」
 身なりは大切。他人の視線は何より大切。だから、忍者っぽい「身体をしっかりと引き締める」格好をしましょう、と植田さんはおっしゃるのである。
 はっきりいって、この植田さんの提言を馬鹿にしていませんか? 忍者のような格好とダイエットにどんな関係があるのか、と。
 実は、この部分を読み、わたしはこの「忍者ダイエット」の有効性への疑問がかき消えたのである。なぜなら、「忍者ダイエット」の成功例に遭遇したことがあったからだ。

 ずっと、昔のことである。
 若い女性の服飾専門店がぎっしり集まった「渋谷109」、あそこへ足しげく通っていたことがある。その理由は内緒である。とりあえず、何度も通っているうちに、わたしはあることに気づいた。どのお店で働いている女の子たちもみんな、綺麗でスタイルが良かったからである。いったいなぜだろう。そりゃあ、綺麗でスタイルのいい女の子ばかり採用しているからだろう。そう思って、探求をやめてしまってはいけません。疑問があったら、それを解決しようと努力しなくちゃ。
 そこで、わたしは、それぞれのショップの女の子たちに訊いてみることにした。
「あの、働いているみなさん、みんな綺麗でスタイルがいいんですが、なぜですか?」と。多くの女の子は、最初、わたしがナンパしているものと思ったようだ。無理もないですが。けれど、わたしが、ほんとうに彼女たちの秘密を知りたいのだとわかると、答えてくれたのである。しかも、全員、同じ答えであった。

「そりゃ、他人の視線があるからですよ! だから、店をやめると、みんな太ってブスになります」

 これぞ「渋谷109ダイエット」。いや「他人の視線ダイエット」。わたしが大学で教えていた「言語表現法」の授業のやり方は、この「渋谷109」の女の子たちのやり方に示唆されたものなのである。他の学生たちの前で自分の書いた文章を読む。「他人の視線」を常に感じることで、学生たちの文章は飛躍的に上手くなっていたのである。これ、ほんとの話。
 さて、その女の子たちはみんな、なんらかのダイエット法を試したにちがいない。そうでなければ、体型を維持することは難しい。けれども、重要なのは、そのことではない。彼女たちが挫けなかったことなのである。
 彼女たちは、日々、そのショップの服を身にまとって店頭に立った。商品を売るという戦場で、その戦闘服がいちばん映えるスタイルを維持しながらである。
 彼女たちこそ、現代の忍者ではなかったのか。

「引き締まった格好」で外出した後、最初に行なうのは何か。「歩く」ことである。もちろん、ただ「歩く」のではない、「忍者として」「歩く」のである。

「『抜き足・差し足・忍び足』これは忍者の代名詞のような歩き方で、足音を立てずに進む忍者の歩行術です。
 抜き足とは、足を抜くように動かす歩き方。差し足は足をそっと差し出す歩き方で、両方の動作をまとめて『忍び足』といいます。
 どちらも小指から下ろし、徐々に親指側へと体重を移動させるのが特徴です。
 これらの歩行術は、『足音を立てずに歩く』こと、つまり自分の存在を消すために、音を消しての移動を目指したものでした。そのためになるべくゆっくりとした動作を徹底して鍛錬するのです」
 ていうか、それ、なんか必要なんですか?
 はい、必要です。
「現代においては、足音を立てずに忍んでゆっくりと歩く必要はあまりないのですが、この歩行術の鍛練には、ダイエットにおいて大変有効な点があります。
 それは、遅筋の鍛練です」

 説明しましょう。「歩く」「走る」運動の中で、現在もっともダイエットに有効とされるのは「スロージョギンク」、ゆっくり歩くことである。ゆっくり歩くことで、持久力を発揮する「遅筋」と呼ばれる筋肉が鍛練され、脂肪の燃焼が進み、なんと生活習慣病の改善に繋がることが確認されているのである。すごいな、忍者。そのことを知っていたのかも。
 それから、さらに、植田さんは「姿勢」と体さばきについて、忍者としての心構えがストレスを取り除くことについて、忍者としての余暇の過ごし方について、さらには、「忍者食」について書いてゆくのだが、それは、みなさんご自身で読んでいただきたい。
 植田さんは、この本の最後にこう書いている。

「本書を読み解き『忍者という研ぎ澄まされた精神の化身に近づくべく、そのひと呼吸、ひと口、ひと歩み、ひと癒しを意識し、日常を修練の場として過ごす』ことを実践したとすれば、必ずやダイエットは成就し、健康的な身体を手に入れるでしょう。(中略)
 ダイエット本はこれからも数限りなく、登場しては消えていくでしょう。
 しかし、いかに新しい提案がなされても、ダイエットの本質に変わりはなく、またダイエッターの苦難は続くと予想されます。
 そんな時は本書を読んで、ダイエットの本質に目を向けてみてください。
『忍者ダイエット』は、ダイエットの闇を斬る真のダイエット本として存在を放ち、忍者を志す人たちに道筋を示してくれることでしょう」

植田美津恵『戦国武将の健康術』 ゆいぽおと

……って、植田さんは、ダイエットではなく、忍者を志しているのか、すごいですね。
 しかし、考えてみるなら、ダイエットや健康術の基本は、自分の身体の状態をどれだけきちんと把握できるかにかかっている。だとするなら、「忍者になる」こと以上に合理的なダイエット、健康法はないかもしれませんね。
 おお、気がついたら、残念ながら、植田さんのもう一つの名著『戦国武将の健康術』のことを書くスペースがなくなってしまった。こちらには、長生きした戦国武将の食べたものが、いま健康食として推奨されているものと同じだった、ということが書かれていますので、参考にしてください。
 あっ、明智光秀のことを書くスペースもない!
 とりあえず、光秀は岩盤浴が好きだったみたいです。あと、戦国武将には珍しく、側室も作らず、奥さん一筋だったんですねえ。いい人だ。今回はここまで。




撮影/中野義樹

著者情報

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』など、多数ある。

  • 開高健ノンフィクション賞
  • 情報・知識&オピニオン imidas
  • 開高健 The Year
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)
  • 集英社ビジネス書
  • e!集英社

Shueishagakugei

謹んで令和元年台風災害のお見舞いを申し上げます。

度重なる台風により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、被災地等におきまして、避難生活や復興の支援など様々な活動に全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く敬意と感謝の意を表しますとともに、
一日も早く復旧がなされますよう心よりお祈り申し上げます。

(株)集英社

  • 集英社・熊本地震災害被災者支援募金のお知らせ
  • 第4回 熊本地震災害被災者支援基金 募金状況とご報告
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金のお知らせ
  • 集英社・東日本大震災被災者支援募金募金状況とご報告

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.