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読み物

読むダイエット 高橋源一郎

第1回 食べなくっても大丈夫

更新日:2020/01/29

ジーンズがはけなくなった日

 二年ほど前のある日のことだ。ジーンズをはこうと思った。いつものように。そしたら、はけないのである。ん? もしかしたら、これ、洗濯して縮んだのだろうか。そう思った。自分にとって都合のいい方向で考えたのである。でも、このジーンズ、少なくとも五十回は洗濯している。今回に限って、縮むとは考えられない。いや、正確にいうなら、はくことはできた。チャックが閉まらないだけなのだ……って、それ、かなりヤバいんじゃないでしょうか。
 わたしは確認のために、そのジーンズを脱いで、長男にはいてもらうことにした。ちなみに、その頃、我が家では、中一の長男、小六の次男とわたしの三人は、同じ服を着ていたのである(「デカい!」んですよ、我が息子たちは)。ジーンズを試着すると、長男はあっさりこういった。
「ふつうにはけるけど、パパ。どうしたの?」

 わかった。わたし以外の全世界が縮んでしまった……わけがない。どう考えても、わたしが巨大化したのである。そこで、わたしは久しぶりに体重計というものに乗ってみることにした。風呂上がりに、タニタの体重計に……なぜこんなものを買っていたのだろう、予感でもあったのだろうか……。
 そして、体重計の、デジタルで表示される数字を見たのである。

69.5

 えっ? なに、それ……。おかしいよね、その数字。わたしくし、三十年以上にわたって、63キロをキープしていたのだから。きっと、このタニタくん、ずっと使っていなかったので誤作動を起こしたのではあるまいか。だから、わたしは、もう一度、タニタくんに乗った。

69.5

 OH、NO!
 ここに来て、わたしも認めざるを得なかった。「太った」のである。正直にいいたい。わたし、高校一年のとき、170センチで50キロだったんですよ、ほんとに。これ、オードリー・ヘプバーンと同じ身長、同じ体重なのである。どうして、そんなことを覚えているかというと、わたし、彼女と結婚するのが夢だったからだ。いや、自分でもびっくりするが。無謀すぎて。
 確かに、そこからは増量したものの、思春期を過ぎ、十年にわたってわたしは肉体労働者であった。トレーニングマシンではなく、労働によって鍛え上げたからだは、自分でも惚れ惚れするほどだったのだ(テヘヘ、自慢です)。そのときの体重が63キロ。三十歳を過ぎて、わたしは作家になり、不規則な生活が始まった。深夜から明け方へと原稿を書き、起きるのは昼過ぎ。食べたいものを食べ、飲みたいものを飲む。じゃんがらラーメンだって「全部載せ」だ。けれども、体重に変化なし! だから、健康には絶大な自信を持っていた。きっと、死ぬまで、体重も変わらないにちがいない。そのまま可愛いおじいさんになり、孫たちに囲まれて安らかに死んでゆくにちがいない。体重はもちろん63キロのままで。ところが、である。

69.5

 マジで? いかんいかん、妻や子どもたちの視線が冷たい。パパ、太ったね。そういっている。このジーンズはけないの? じゃあ、ぼくたちがはくから、パパは別の買ったら、ユニクロのLLサイズ。うー……。
 その日、わたしは「パパ、晩御飯は食べないから」と宣言して、書斎に閉じこもった。どうやら、妻や子どもたちは「パパ、ショックがひどすぎて自殺しちゃうんじゃないの?」とか「意外とあっさり受け入れるかも」とか話していたらしい。では、その頃、わたしはなにをしていたのか。考えていたのである。こんなふうに。

「確かに、わたしは太った。太ったよ。だから、どうだっていうの? いや、その言い方はよくないよね。作家になって三十有余年、同じような暮らし方をしてきた。同じような体重で、同じような原稿を書き、同じように馬券をはずしてきた。まあ、妻は同じじゃないんだが。とにかく、気がつけば、わたしも六十代。いままでと同じ状態のわけがない。こうやって太ったのも、『からだに気をつけろ!』という、天の声ではないか。思えば、最近、歩いていてもすぐに息が上がるし、ちょっと膝も痛いし、腰痛は悪化するし、左腕が四十肩になって……六十だけど……治ったと思ったら、今度は、右腕が四十肩……なんで、四十肩というんだろう、不思議……になった。どう考えても、わたしのからだは、右肩下がりになっている。このまま太りつづけ、80キロになり90キロになって、おまけに糖尿病に痛風まで併発したら、どうなるのか。養育費だってまだ払い終わってないというのに」
 そして、わたしは目を閉じた。眠かったからではない。もっと深く考えたかったからである。
 どれだけの時間、考えていたであろうか。目を開けたとき、わたしは生まれ変わっていた。新しいわたしになっていたのである。わたしは、書斎のドアを開けると、リビングでマツコ・デラックスの番組を見ながら、ゲラゲラ笑っている妻と子どもたちに、こう宣言した。

「パパは、今日からダイエットします!」
 すると、次男がこういった。
「パパ、ちょっと静かにして、マツコのいってることが聞こえないから」

 それから二年、わたしの現在の体重は63キロ((^0^*))。気をつけていないと、すぐ62キロそこそこになってしまう。もちろん、体重が減っただけではない。そんなことより、二年前に比べてはるかに体調が良いのである。ちなみに、わたしのはいているジーンズを、さらに大きくなった子どもたちははくことができない。というか、二年前の子どもたちでもちょっときついかも。だって、わたくし、体重が減っただけではなく、すっかり筋肉質になって、細くなってしまったからである。
 いったい、なぜ? みなさんも、そう思われるだろう。その秘密、これからじっくりとみなさんにお教えしていきたいと思っております。では。

戦闘、開始。

 まず、「戦闘、開始。」とわたしは自分にいいきかせた。『斜陽』で、ヒロインが自分に向かって呟くセリフである。一度、いってみたかったのだ。さて、どうするか。
 最初にわたしがどうしたと思いますか? 食事制限をした? 間食をやめた? ジムに通い始めた? いきなり断食をした? 滝にうたれた? 整形外科に行って脂肪を吸引してもらった? 神に祈った? どれもちがいます。正解は、

「本を買った」である。

 どんな場合にも、まず本。これが、わたしのやり方なのである。ほんとうにそれで大丈夫なの? そう心配される読者も多いだろう。けれども、わたしという成功例を見てほしい。「本を買った」から始めて、最終的に「63キロの健康体」にたどり着いたのだ。
 そもそも本は、それだけでもダイエットの役に立つ。わたしの場合、読書中は、なにも食べない。なので、ずっと読書をしていると、やせてしまう。ほんとうは、それだけでも十分にダイエットできるのだが、そうはいかない。いくら本好きだといっても、一日中、読書しているわけではない。それ以外の時間では、ラーメンを食べ、チョコレートを食べ、せんべいをつまみにしながらビールやワインを飲んでいるのである。若い頃、あるいは、二年前までは、それでも体重も体調も維持することができた。だが、寄る年波には勝てなかったのだ。
 だが、他人に指導してもらうダイエット、あるいは、人から教わるダイエットはやりたくなかった。そんなものは長続きしないのである。では、いままでやってきたものの中で、長続きしたものの特徴は?

「楽しいこと」である。

 当り前だ、といわないでほしい。どんなに正しいことでも、どんなに自分のためになるといわれることでも、楽しくなければつづかない。ああ、またやりたいなあ。そう思わなければ、つづかないのである。
 そういうわけで、わたしは、本屋に行った。そもそも本屋に行くのは楽しいからである。えっ、ちょっと無理? 最近、本屋に行ってないし。そもそも、本屋に行くのがそんなに好きじゃない? そういう方も安心していただきたい。わたしが本屋に行って、みなさんの代わりに、本を選びますから。なんのために?
 よく訊いてくださった。みなさんは、「読書」と「ダイエット」の間に、なんの関係があるのか、と思っておられるはずである。
 関係があるのだ。それも、深い、深い関係が。
 これから、わたしは、みなさんとダイエットについて考え、実行し、できれば、みなさんにダイエットを成功させていただきたいと思っている。中には、もう、ダイエットに成功した方もおられるだろう。あるいは、現在、病気療養中の方もおられるだろう。そんな方々のためにも、わたしは書いていきたいと思っている。
 ほんとうのところ、この連載の目的は、ダイエットに留まらないのである。
 わたしたち人間にとって、身心の健康とはなにか、ということを考えた。確かに、人間の価値観は多様である。からだの調子がよくなければ、人生は闇だ、という考え方もある。また、その一方で、からだなんかどうでもいい。ガンガン、覚醒剤をやって人間をヤメても、いい作品さえできれば、という考え方の人だっているだろう(よく知らないが)。
 やはり、からだの調子も、心の調子も、どちらも良好で、家庭円満、経済安定、成績優秀であることがイヤだ、という人はいないんじゃないだろうか。
「戦闘、開始。」と呟いたとき、わたしは、ただダイエットしようと思ったのではない。以前からずっと、自分のからだに無頓着ではないか、と疑っていたのである。いや、それだけではない、仕事が忙しいから、と理由をつけて、身心を含めて、自分のメンテナンスを怠っていたのではないか。そんな気がしたのである。
 いまこそ、自分をケアしてあげるときではないのか? だって、この心もからだも、たったひとつしかないのだから。
 では、どうすれば、この世にたったひとつしかない、大切なあなたの身心をケアし、メンテをほどこすことができるのか。
 からだだけなら、インターネットに山ほど情報がある。
 心だけなら、宗教でも瞑想でも精神科医でも山ほどある趣味にでもはせ参じればいい。わたしが目指すのは、身心を同時に健やかなものにすることだったのだ。しかも、自力で、である。
 そして、わたしは、そのヒントを求めて、書物の山に突入したのである。もちろん、その中には、おびただしい数の健康法やダイエットの本もあった。それらについても、みなさんに情報を提供することをお約束しよう。しかし、一見、健康とは関係のなさそうな本の中に、もしかしたら、小石かと思うものの中に、ダイヤモンドを発見したこともある。わたしたちを、真に健康にしてくれるものたちは、どこに隠れているのかわからないのである。

食べるな

 さて、もっともわかりやすいダイエット法は「食べない」ことである。
 いや、そんな身も蓋もない……。食べなければ、間違いなくやせる。やせるどころか、そのまま持続すれば、死んでしまう。ある意味、究極の方法である。
 そういえば、カフカに「断食芸人」という短編があったなあ。檻の中で、観客もいないのに、ずっと「断食」をやって、ついには餓死。その断食芸人の死体は片づけられたが、わたしには、その空っぽの檻には「空腹」のようなものが残っていたとしか思えない、おそろしい小説である。えらいお坊さんの中には、修行の果てに、最後には断食したまま棺に入ってそのまま「即身成仏」。自分の力でミイラになってしまうような方だっておられる。もちろん、わたしは、そんなことをやるつもりはないし、みなさんにお勧めしようとも思わない。
 だが、わたしの調べた限り、あらゆるダイエット法に共通していることの一つは、「どのようにすれば食べないですむのか」、ということである。そりゃそうだ。そのために、全体の量を減らしたり、回数を減らしたり、種類を減らしたり、さまざまな工夫をして、「食べない」方法を模索する。それが、あらゆるダイエットの王道なのである。そこまでなら、誰だってわかる。けれど。
 それだけではない。この「食べない」健康法の中には、実は、深い、人間的叡知が含まれているのである。

江戸時代のダイエット本

 水野南北という人をご存じだろうか。わたしだって、ダイエットを始めるまでは知らなかった。名前から想像できるように、江戸時代の人である。そして、江戸時代に『修身録』という本を書いて、一世を風靡した人である。この『修身録』、なんと、ダイエット本なのだ。いや、正確にいうと、人間の健康について考えた本である。江戸時代の健康本というと、貝原益軒の『養生訓』が有名で、当時は、益軒に匹敵するほど有名だったようだが、いまはそれほど知られていない。南北が『修身録』で主張したのは、ずばり、「小食主義」である。ここでは、南北の研究家、若井朝彦さんの『江戸時代の小食主義』(花伝社)の中で、現代文に翻訳したものをもとに、ご紹介しよう。

「味がしなくて食がすすまないのであれば、食べてはならない。いつも腹に物が入っているから味がしないのだ。
 もし三膳食べているのなら二膳に、二膳だったら一膳にしてみるがよい。腹に隙ができれば、たとえ粗食だとしても美味に感じて自然と食はすすむ。
 このようにして食を慎んでいれば、三度三度の食に味がしないということはなくなるだろう。おかずらしいものがなくても、美味を感じて食はすすむ。
 慎み悪く、いつも存分に食べている者は、美味を口にしても味がしないものだ。
 だから味を感じなければ、一日食べなければよい。そうして一日食べなければ、おかずなしで、塩だけでも十分に飯がすすむはずだ。
 食を腹に満たさない。食にとっての善とはこのことである。
 腹が空いている時は、よい心地、すこやかな気分でいられるものだ。食事をする前にはだれもがそう感じる。それが人間にとって本来の善であるからなのだ」

 空腹時こそ「善」の気持ちなのだそうだ。しかし、これちょっとつらいかも、と思ってはいけません。貝原益軒の『養生訓』もそうだが、この『修身録』も、単なるダイエット本、健康本ではありません。人間、如何に生きるべきかを書いた本なのである。真に健康になるためには、からだのことばかり考えていてはならないのだ。
 ちなみに、江戸時代も後期になると、一日三食になっていた。ということは、江戸時代前期には、一日二食が広く行なわれていたようだ。つまり、南北さんの「三膳なら二膳」というアドバイスの中には「最近、三食食べるようになったけれど、以前の二食の方がましなんじゃないの」という、歴史の見直しという考え方も入っているのである。これは現代科学の知見でもあるのだが、人間は誕生以来数百万年もたっているが、その大半を「飢餓」状態で過ごしてきた。つまり、「お腹が空いている」というのは、人間、いや、すべての哺乳類にとって「ふつう」の状態だということだ。三食とも食べてお腹一杯なのは、生きもの的には「ヤバい」のである。まあ、そうはいわれても、みんな、この異常状態に慣れちまってるわけなんだが。
 でもね、南北さんのいいところは、「食べちゃダメ」一辺倒ではないところ。

「わたしは、わたしの考えを世の人に勧めたいがために、生涯米飯は食べず、米の形が残るものならば餅なども口にせず、一日に麦一合五勺限りと定め、酒を大いに好むといっても、これも一日に一合限りと決めている」

 酒は飲んでもいいんだって!
 さらに、

「人にとって第一の慎みは食である。外に遊興に出かけて散財をして、放蕩に身を任す者であっても、ただ食さえ慎めば、家をつぶしたり、病にかかることもないものだ。長生きもできれば、財産すら築けよう。
 なにごとも食が根本だ。その根を十分に守って慎む時は、他のことは枝葉に過ぎぬ。論ずるほどのこともない。食を慎んで遊びに行くがよい」

若井朝彦
『江戸時代の小食主義 水野南北『修身録』を読み解く』  花伝社(発行)共栄書房(発売)

 いや、最高ですね。食さえ慎めば何をしてもいいんだって。とはいっても、食を慎むほど禁欲的な人が、遊びにうつつをぬかすとも思えないけど、意外に、一般人でもできそうなことをいってくれてると思いますよ。南北さんは。
 それだけではありません。「三膳食べているのなら二膳に、二膳だったら一膳にしてみるがよい」ということばがありましたね。この部分について、南北さんは、実に深いことをいっている。

「食はいのちを養う本である。その食を献ずるということは、すなわちわがいのちを献ずるに等しい。いつもが三椀ならばそれを二椀にして、一椀分を神に献じ奉るがよい。
 しかし別に椀を設ける必要はない。ただ毎日の膳に向かい、念ずる神仏を、心中に深く想って、三椀の食から一椀を献じ奉る、と祈ればよい。そして二椀をいただく。すると一椀は神がもうお受け取りになっておられるのだ」

 南北さんは、ただ、食を減らせ、といっているのではない。減らした分は、神さまへの捧げものだ、とおっしゃっている。つまり、ただ個人のからだのことをいっているのではないのである。それ以上のなにか、のために、である。南北さんは「神」といっているが、これは、個人を超えたなにか、の象徴ではないかとわたしは思っている。現代でいうなら、「環境」だろう。そう思った瞬間、南北さんが、わたしには、あの話題のグレタ・トゥーンベリさんに見えてくるのである。確かに、必要以上に食べないことは、捨てられる食物を減らすことにつながり、ひいては環境の悪化を防ぐことにつながってゆくのかもしれない。そういう気持ちで、食を減らすとき、世界の見え方は確実にちがってくるのではあるまいか。
 いや、いまの書き方では、わたしの勝手な解釈になる。南北さんは、もっとはっきり書いていらっしゃる。

「天からの恵みの究極のものが食である。これを余計に食するということは、日々天から借りをしているのと同じことなのだ。不必要に費やしてしまった食は、すべて屎(くそ)となってこの地上から消え去ってしまう。この分の食を、あなたはいったいいつ天にお返しするつもりなのか。人は催促に来るだろう。しかし天は黙ったままそれをあなたから取り上げてゆかれる。
 あなたが返さなければ、子孫から、子孫がいなければその家を亡ぼして家系を断絶させてしまわれる。
 自分が借りたものは返す。これは天地の理である。だから身のほどよりも大食をする者は運が傾くのだ。思わぬ災いや損失が起こる。だがこれもすべて天の与えたまう戒めであり、そのための取上げだと知るべきだ」

 ほら。いったでしょ。『修身録』は単なる「小食の勧め」ではなかった。現代につながる、世界を亡びから救うメッセージに満ちた本だったのである。ダイエットは世界を救う(かもしれない)のだ。
 これで、みなさんも、ダイエットや健康本が、単に個人の体調や健康に関するものではなく、もしかしたら、『資本論』や『聖書』に匹敵するような大きな意味も持っているのではないかと思われるようになったかもしれない。そのような本をもう一冊、ご紹介しよう。南北さんの『修身録』は江戸時代の本だったが、こちらは、中世ヨーロッパ最大の、健康本のベストセラーである。

少食万歳! 老人万歳!

 その健康本とは、『無病法 極少食の威力』(ルイジ・コルナロ著 中倉玄喜編訳・解説 PHP研究所)。この本の著者は、ルネサンス期イタリアはヴェネツィアの貴族ルイジ・コルナロさんである。ちなみに、コルナロさんは1464年に生まれ1566年に亡くなった。つまり、102歳まで生きたのだ。そんな人が書いた健康本なんだから、説得力は最高です。
 コルナロさんは、貴族らしく、暴飲暴食にあけくれていた。その結果、からだはガタガタ、40代には生死の淵をさまようようになった。医師たちから、そのままでは余命幾ばくもない。食べるものを極限まで減らすしか生き延びる道はない。そう宣告されたコルナロさん、いわれるままに実行したら、なんと健康を取り戻し、ついに100歳を越えるまで長生きした、というわけである。このコルナロさんが『講話』として書き残した文章は、ラテン語に翻訳され、たちまち全ヨーロッパでベストセラーとなったのだ。もちろん、南北さんと同じように、この『講話』(中倉さんは『無病法』という名前をつけているが)は、ただ健康についてだけ書いたものではありません。では、ちょっと、コルナロさんの話を聞いてみましょう。最初は、『講話』・一、「食を節することの重要性について」という文章である。ちなみに、これをコルナロさんが書いたのは、83歳の時だ。
 さきほども書いたように、40代で不摂生がたたったコルナロさんは死の寸前にまで行った、そんなコルナロさんに医師たちは、こういったのだそうだ。

「食べ物にしても飲み物にしても、通常病気のときにしか摂らない物をとり、しかもこれらをごく少量にかぎって摂るべきである」

 コルナロさんは医者の勧めを守った。すると、どうなったのか。

「ところが、食を極端に減らしてみると、それからわずか数日後には、なんとなくこの習慣が自分に合っているように思われてきたではないか。そしてそれから一年も経たないうちに──こうした著しい効果については疑問視する向きもあるだろうが──それまでのすべての疾患が消えてしまったのだ」

 マジで? いや、マジです。そうやって、極端に量を減らした食事にするだけではなく、どうやら、コルナロさんはライフ・スタイルそのものも変えてしまったらしい。

「このように、肉体的にも精神的にも、私が長年爽快な生活を送ってこれたのは、おもに先に述べた食事上の抑制によるものであるが、このほかにもいくつか気をつけてきたことがある。たとえば、働きすぎ、異常な暑さ寒さ、悪い空気のところに長時間いることなど、極端なことは避けてきた。
 また、憂鬱、憎しみ、その他の否定的な感情をいだかないよう注意することにも努力してきた。なぜなら、否定的な感情というものは、心身にきわめて由々しい影響をあたえるからである」

 これが書かれたのが500年も前の中世ヨーロッパだということに驚く。食だけでない、働きすぎも、異常気象も、汚染された大気も、インターネットで他人をディスるのも、みんな、身心に悪影響をあたえます、ってコルナロさん断言してますから!
 それから、驚くべきエピソードとしては、コルナロさんは70歳のとき、馬車が転倒しして大ケガをし、医者から「余命四日」と診断されたのに、いっさい治療をせず、ただマッサージをしただけで治ってしまったなんてこともある。現代風にいうと、免疫力が半端なかったということのようだ。そして、びっくりしたのは、次の箇所。あるとき、老齢の身を心配した周りから「もう少しだけでいいから食事の量を増やして」といわれつづけ、家族を喜ばせるために、少しだけ、食べる量を増やしたことがある。

「そこで、それまでパンと卵の黄身、少しの肉、それとスープ、これらを一日総量で正確に一二オンス(約三五〇グラム)摂っていたところを一四オンス(約四〇〇グラム)に、また飲み物(ワイン)についても、一四オンス(約四〇〇cc)であったものを一六オンス(約四五〇cc)まで、それぞれ増やしたのである。
 ところが、それからわずか十日後にはその影響があらわれはじめたではないか」

 そう、何十年も調子がよかった体調が急変、二週間ほど後には死にそうになっちゃったのである。慌てて、元の食事の量に戻したら、あら不思議、快復したのだった。
……とまあ、この部分を読んで、わたしはほんとに驚いた。わたしは、現在、基本的に、食事は一日二回(南北さん流にいうと二膳である)。深夜は食べない。ところが、この前、ずっと原稿を書いていて夜中になり、お腹が空いちゃったものだから、コンビニに行っておにぎりを買って食べた。一個である。そしたら、急に具合が悪くなったのだ(食中毒ではありません)。お腹の膨満感に耐えられなくなったのである。もう、わたしのからだは、わたしが決めた食事の量に合わせて作られてしまっていたのだ。まことに、コルナロさんのおっしゃることがよくわかる。それから、ちょっと驚くのは、ワインですね。一日にボトル半分空けてもかまわない、ってことみたいです。この件に関しても、南北さんとコルナロさんは同意しているようなので、ふつうにお酒飲んでも、健康でいられるって、昔から証明されていたんだ。よかったね!
 この、食の中身ではなく、量そのものが大事、という観点、実は、現代医学の見地からいっても、有効なのである。その点については、この本の編訳者である中倉さんが太鼓判を押している。
 ☆どんなにいいものを食べても、「活性酸素」が生ずる。この「活性酸素」がからだに害をなすことは有名だ。いうまでもなく、「極少食」なら「活性酸素」も極少である。
 ☆体内酵素も腸内細菌も「極少食」の方が活性化する。
 ☆消化には膨大なエネルギーを必要とし、そのため、食事の量や回数が多いとそれだけ内臓が疲弊する。「食べ物の消化」と「体内の代謝(修復)」は反対の関係にあるので、食事時間が短いほど、体内を修復する時間が長い。
 ☆「サーチュイン」と呼ばれる長寿遺伝子をいちばん活性化するのは「カロリーの制限」である。これは、どうやら、生きものにとって長い間、「飢餓状態」こそ常態であったことと関係しているようだ。
……他にもたくさん。そういうわけで、「極少食」であればあるほど、からだの具合がよくなることは、南北さんやコルナロさんの予言した通りだったのである。
 ちなみに、わたしのゼミの学生は、今年、「ダイエット」に関する卒論を書いたのだが、その中で、さまざまなダイエットを自分で試してみた。中でも、いちばん衝撃的だったのは、朝食を「極少」にすることだった、と書いていた。

「それまで、午前中は、いつも眠く、だから授業中も、ぼんやりしていることが多かったのですが、朝食を半分以下にしたり、ときにはとらなかったりしたら、まったく眠くなく、集中できて、びっくりしました。大学までの坂道も、いつもつらかったのに、からだが軽くて楽しかったです」

 人生が楽しくなって良かったね、Eちゃん。

 さて、そろそろ、第一回目の終わりである。最後に、コルナロさんの『講話』で、わたしがもっとも気に入っている部分を引用して、終わりにしたい。
 そもそも、高齢になってから旺盛に執筆活動をしていたコルナロさんは、老境を楽しんでいた。そして、やがてやって来る死を恐れていなかった。

ルイジ・コルナロ
『無病法 極少食の威力』 中倉玄喜(編訳・解説) PHP研究所

「私のばあい、すべての人と同様、生の終わりはまぬがれないにしても、他界の仕方という点では、一般の者たちとはかなり違っているように思われる。私は病死ではなく、自然死でこの世を去ることだろう。それは苦痛のない、安らかな死である。
 しかし、そうしたずっと先のことはともかく、私はおそらく、これからもかなりの年月、毎日を健康で快活に過ごし、この素晴らしい人生を存分に謳歌することだろう。この世界は文字どおり、じつに素晴らしい。もっとも、この素晴らしさは、節制ゆえに心身ともに健康な生活を送っている者だけにしか分からない経験かもしれない」

 これを書いたとき、コルナロさんは83歳。そして、この予言通り、病気とは無縁の生活をおくり、「最晩年まで目も歯も耳も完全で、足腰も若いときの力強さと変わらず、声の張りにいたっては、むしろ年齢(とし)とともに高ま」った状態で、19年後の102歳のある日、今日が最期と悟った日に、いつもしている午睡と変わらない様子で、おだやかに息を引き取ったのだった。「心身」ともに健康のままで、である。
 さて、二回目以降も、健康とダイエットと人生の真実について研究していきたいと思う。乞うご期待。


撮影/中野義樹

著者情報

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』など、多数ある。

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令和2年7月豪雨被災お見舞い

このたび令和2年7月豪雨により各地で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。また、被災地等におきまして、避難生活や復興支援など様々な活動に 全力を尽くしていらっしゃる方々に、深く謝意と敬意を表します。一日も早く 復旧 がなされますよう衷心よりお祈り申し上げます。

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