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読むダイエット 高橋源一郎

第1回 食べなくっても大丈夫

更新日:2020/01/29

少食万歳! 老人万歳!

 その健康本とは、『無病法 極少食の威力』(ルイジ・コルナロ著 中倉玄喜編訳・解説 PHP研究所)。この本の著者は、ルネサンス期イタリアはヴェネツィアの貴族ルイジ・コルナロさんである。ちなみに、コルナロさんは1464年に生まれ1566年に亡くなった。つまり、102歳まで生きたのだ。そんな人が書いた健康本なんだから、説得力は最高です。
 コルナロさんは、貴族らしく、暴飲暴食にあけくれていた。その結果、からだはガタガタ、40代には生死の淵をさまようようになった。医師たちから、そのままでは余命幾ばくもない。食べるものを極限まで減らすしか生き延びる道はない。そう宣告されたコルナロさん、いわれるままに実行したら、なんと健康を取り戻し、ついに100歳を越えるまで長生きした、というわけである。このコルナロさんが『講話』として書き残した文章は、ラテン語に翻訳され、たちまち全ヨーロッパでベストセラーとなったのだ。もちろん、南北さんと同じように、この『講話』(中倉さんは『無病法』という名前をつけているが)は、ただ健康についてだけ書いたものではありません。では、ちょっと、コルナロさんの話を聞いてみましょう。最初は、『講話』・一、「食を節することの重要性について」という文章である。ちなみに、これをコルナロさんが書いたのは、83歳の時だ。
 さきほども書いたように、40代で不摂生がたたったコルナロさんは死の寸前にまで行った、そんなコルナロさんに医師たちは、こういったのだそうだ。

「食べ物にしても飲み物にしても、通常病気のときにしか摂らない物をとり、しかもこれらをごく少量にかぎって摂るべきである」

 コルナロさんは医者の勧めを守った。すると、どうなったのか。

「ところが、食を極端に減らしてみると、それからわずか数日後には、なんとなくこの習慣が自分に合っているように思われてきたではないか。そしてそれから一年も経たないうちに──こうした著しい効果については疑問視する向きもあるだろうが──それまでのすべての疾患が消えてしまったのだ」

 マジで? いや、マジです。そうやって、極端に量を減らした食事にするだけではなく、どうやら、コルナロさんはライフ・スタイルそのものも変えてしまったらしい。

「このように、肉体的にも精神的にも、私が長年爽快な生活を送ってこれたのは、おもに先に述べた食事上の抑制によるものであるが、このほかにもいくつか気をつけてきたことがある。たとえば、働きすぎ、異常な暑さ寒さ、悪い空気のところに長時間いることなど、極端なことは避けてきた。
 また、憂鬱、憎しみ、その他の否定的な感情をいだかないよう注意することにも努力してきた。なぜなら、否定的な感情というものは、心身にきわめて由々しい影響をあたえるからである」

 これが書かれたのが500年も前の中世ヨーロッパだということに驚く。食だけでない、働きすぎも、異常気象も、汚染された大気も、インターネットで他人をディスるのも、みんな、身心に悪影響をあたえます、ってコルナロさん断言してますから!
 それから、驚くべきエピソードとしては、コルナロさんは70歳のとき、馬車が転倒しして大ケガをし、医者から「余命四日」と診断されたのに、いっさい治療をせず、ただマッサージをしただけで治ってしまったなんてこともある。現代風にいうと、免疫力が半端なかったということのようだ。そして、びっくりしたのは、次の箇所。あるとき、老齢の身を心配した周りから「もう少しだけでいいから食事の量を増やして」といわれつづけ、家族を喜ばせるために、少しだけ、食べる量を増やしたことがある。

「そこで、それまでパンと卵の黄身、少しの肉、それとスープ、これらを一日総量で正確に一二オンス(約三五〇グラム)摂っていたところを一四オンス(約四〇〇グラム)に、また飲み物(ワイン)についても、一四オンス(約四〇〇cc)であったものを一六オンス(約四五〇cc)まで、それぞれ増やしたのである。
 ところが、それからわずか十日後にはその影響があらわれはじめたではないか」

 そう、何十年も調子がよかった体調が急変、二週間ほど後には死にそうになっちゃったのである。慌てて、元の食事の量に戻したら、あら不思議、快復したのだった。
……とまあ、この部分を読んで、わたしはほんとに驚いた。わたしは、現在、基本的に、食事は一日二回(南北さん流にいうと二膳である)。深夜は食べない。ところが、この前、ずっと原稿を書いていて夜中になり、お腹が空いちゃったものだから、コンビニに行っておにぎりを買って食べた。一個である。そしたら、急に具合が悪くなったのだ(食中毒ではありません)。お腹の膨満感に耐えられなくなったのである。もう、わたしのからだは、わたしが決めた食事の量に合わせて作られてしまっていたのだ。まことに、コルナロさんのおっしゃることがよくわかる。それから、ちょっと驚くのは、ワインですね。一日にボトル半分空けてもかまわない、ってことみたいです。この件に関しても、南北さんとコルナロさんは同意しているようなので、ふつうにお酒飲んでも、健康でいられるって、昔から証明されていたんだ。よかったね!
 この、食の中身ではなく、量そのものが大事、という観点、実は、現代医学の見地からいっても、有効なのである。その点については、この本の編訳者である中倉さんが太鼓判を押している。
 ☆どんなにいいものを食べても、「活性酸素」が生ずる。この「活性酸素」がからだに害をなすことは有名だ。いうまでもなく、「極少食」なら「活性酸素」も極少である。
 ☆体内酵素も腸内細菌も「極少食」の方が活性化する。
 ☆消化には膨大なエネルギーを必要とし、そのため、食事の量や回数が多いとそれだけ内臓が疲弊する。「食べ物の消化」と「体内の代謝(修復)」は反対の関係にあるので、食事時間が短いほど、体内を修復する時間が長い。
 ☆「サーチュイン」と呼ばれる長寿遺伝子をいちばん活性化するのは「カロリーの制限」である。これは、どうやら、生きものにとって長い間、「飢餓状態」こそ常態であったことと関係しているようだ。
……他にもたくさん。そういうわけで、「極少食」であればあるほど、からだの具合がよくなることは、南北さんやコルナロさんの予言した通りだったのである。
 ちなみに、わたしのゼミの学生は、今年、「ダイエット」に関する卒論を書いたのだが、その中で、さまざまなダイエットを自分で試してみた。中でも、いちばん衝撃的だったのは、朝食を「極少」にすることだった、と書いていた。

「それまで、午前中は、いつも眠く、だから授業中も、ぼんやりしていることが多かったのですが、朝食を半分以下にしたり、ときにはとらなかったりしたら、まったく眠くなく、集中できて、びっくりしました。大学までの坂道も、いつもつらかったのに、からだが軽くて楽しかったです」

 人生が楽しくなって良かったね、Eちゃん。

 さて、そろそろ、第一回目の終わりである。最後に、コルナロさんの『講話』で、わたしがもっとも気に入っている部分を引用して、終わりにしたい。
 そもそも、高齢になってから旺盛に執筆活動をしていたコルナロさんは、老境を楽しんでいた。そして、やがてやって来る死を恐れていなかった。

ルイジ・コルナロ
『無病法 極少食の威力』 中倉玄喜(編訳・解説) PHP研究所

「私のばあい、すべての人と同様、生の終わりはまぬがれないにしても、他界の仕方という点では、一般の者たちとはかなり違っているように思われる。私は病死ではなく、自然死でこの世を去ることだろう。それは苦痛のない、安らかな死である。
 しかし、そうしたずっと先のことはともかく、私はおそらく、これからもかなりの年月、毎日を健康で快活に過ごし、この素晴らしい人生を存分に謳歌することだろう。この世界は文字どおり、じつに素晴らしい。もっとも、この素晴らしさは、節制ゆえに心身ともに健康な生活を送っている者だけにしか分からない経験かもしれない」

 これを書いたとき、コルナロさんは83歳。そして、この予言通り、病気とは無縁の生活をおくり、「最晩年まで目も歯も耳も完全で、足腰も若いときの力強さと変わらず、声の張りにいたっては、むしろ年齢(とし)とともに高ま」った状態で、19年後の102歳のある日、今日が最期と悟った日に、いつもしている午睡と変わらない様子で、おだやかに息を引き取ったのだった。「心身」ともに健康のままで、である。
 さて、二回目以降も、健康とダイエットと人生の真実について研究していきたいと思う。乞うご期待。


撮影/中野義樹

著者情報

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』、『たのしい知識──ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』、『「ことば」に殺される前に』、『これは、アレだな』、『失われたTOKIOを求めて』、『居場所がないのがつらいです』『だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな』など、多数ある。

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