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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

殺到する乗客

更新日:2019/09/11

 場所はニューギニア島。インドネシア・パプア州の南西部の町ティミカの港である。
 そのとき私はティミカから南東部のアスマットとよばれる地域に向かうことにしていた。アスマットは広大な湿地帯のひろがる地域、中心地のアガツから蛇行する泥川をボートで遡上し、翌年の探検のために上流の村の様子などを偵察するつもりだった。
 アガツは交通が整備されておらず、行くのがなかなか大変な場所である。ちかくの村に飛行場がないことはないのだが、機体が故障していることが多いようで、飛ぶのか飛ばないのかよくわからない。飛行機はあてにならないので、結局、一、二週間に一回やってくるペルニ船という国営の大型定期船に乗るしか到達の方法がない。
 ペルニ船に乗るときは毎度面白い光景が展開される。船が桟橋に停泊して入船用のタラップが用意された瞬間、まわりで待機していた人たちが我先にと殺到するのである。争うようにして船内を目指し、階段から振り落とされそうになる人もいる。そんなに一気におしよせたら船の入口が目詰まりを起こして入れなくなるのではないかと心配になるぐらい、皆、一気に群がる。だから最初に見たときは唖然とした。そんなに闘争心むき出しにしないと座席を確保できないのか……。アガツまでは所要約十時間の長旅である。人いきれと熱帯の湿った空気で蒸し風呂のようになった船内でザックに腰かけてアガツまで行かなければならないのかと思うと、ゲンナリした。
 しかし、じつは彼らが入口に殺到するのは座席を確保するためではない。いや、正確にいえば座席を確保するためなのだが、自分用の座席を確保するためではない。一人で三人分、四人分と余計な座席をたくさん確保して、それを既得権益化し、私のように後から悠然と船に乗ってきた乗客に「やあ、この座席、空いているんだけど××ルピーで買わないかい?」と売りつけるのである。
 今年も私はこの商魂たくましい人々と一緒にアガツに向かう予定にしている。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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