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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

鎌倉から見た富士山

更新日:2018/01/10

 鎌倉に引っ越してきて富士山をよく見かけるようになった。
 私の家があるのは極楽寺という地区の山間で家から富士山は見えないのだが、家を出て稲村ヶ崎という海岸エリアの国道に出ると、江の島越しに巨大な富士山が覆いかぶさるように聳え立っており、思わず目を奪われる。
 鎌倉から見る富士山は、とにかくでかい。そして海越しに望まれるため非常に美しくもある。特に冬の晴れた日は空気が澄んでいるため、真っ青な海の向こうに真っ白な冬富士が、これまた真っ青な空を背景にどんと居座っているのを見ると、こっちの気持ちまで晴れ晴れとしてきて心地よい。由比ヶ浜からカヤックを漕ぎだし、稲村ヶ崎の岬を回航して目に飛び込んでくる富士山も素晴らしい。写真は江の島の海岸から見えた夕暮れの富士山だが、非常に優美なシルエットである。
 鎌倉は今まで住んでいた東京都心から富士山側にあるわけだから大きく見えるのは当たり前のように思えるが、地図で距離を調べてみると、これは案外、それほど簡単に片づけられる話ではないのかもしれない。東京都心の旧わが家から富士山までの距離は約百キロ。鎌倉から富士山はほぼ七十五キロ。じつは二十五キロ程度しかちがわないのだ。たしかに東京に住んでいたときも富士山は見えたが、それは異国にでもありそうな遥か彼方の山だった。しかし鎌倉から見る富士山はすぐ手の届きそうなところにあるほど巨大だ。それはたった二十五キロの差とは思えない。東京より五十キロも六十キロも近いように思えるのだ。
 ビルの谷間から見えるのと、開放的な海越しに見える差なのだろうか。月も昇り始めの地平線近くの月が一番大きく見えるというが、それと似たようなものなのかもしれない。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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