Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

富士山

更新日:2017/04/26

 取材やイベントなどで一番よく訊かれるのは、なぜ冒険をするのですかという質問だ。しかしこの質問は一番回答しにくい質問でもある。なぜなら冒険行為が死のリスクを積極的にひきうけ、そのうえで行う活動である以上、そこには生きることと同等の価値があるわけで、そうであるからには「なぜ冒険するのか」という問いは「なぜ生きるのか」という問いとまったく同じであるからだ。「なぜ生きるのか」という問いには誰も答えられない。本多勝一が若い頃の文章で、〈俺だったら、こういう愚問に対しては「では君はなぜ生きるのかね」と反問することをもって回答しておくね〉(『日本人の冒険と「創造的な登山」』)と書いているのを見てもわかる通り、この質問には昔から皆、閉口してきた。
 しかし最近、車から富士山を眺めていて、いい回答の仕方をおもいついた。こう答えるのだ。
「いいですか。車から富士山を見かけたとき、こう想像してみてください。あなたは縄文人です。いや日本列島に史上初めて到達した旧石器時代人です。今は目の前に町が広がり建物がならんでいますが、旧石器時代なので町はなく、周囲には手つかずの原生林しかありません。旧石器人であるあなたは今、初めて富士山を見ました。周りの原生林や山からぽっこりと突きだし、圧倒的な存在感を放ちながら聳える富士山。史上初めて富士山を見た人類なので、そこにこんな美しい流線型の山があるなんて聞いたことすらありませんでした。そんな富士山を見たら、絶対に登りたくなると思いませんか。原始の富士山。森という日常を突き破った山の強烈な吸引力。そこに何があるかわからないし、たぶん何もないんだろうけど、ただ本能として行きたくなるはずです。絶対にあなたは仲間を誘って、ちょっとあの高いところに登ってみようやと言うと思うんです。結局、それなんですよ。ぼくが探検や冒険をしたくなるのは」
 と、そこまで書いたところで、ふと気がついてちょっと調べてみた。やはりそうだ。旧石器人が日本に到達した時期、富士山は噴火活動の時期の真っ只中で現在の山容とはちがったようだ。
 やっぱりこの説明でもダメみたいだ。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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