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読み物


犬橇はむずかしい
更新日:2026/08/05
まったく足に力がはいらず、立ちあがろうとしない犬たちの姿を前に私は呆然とした。今年の春の旅でのことである。
目的地はいつものようにカナダ・エルズミア島最北部。出発前にウェブ上の衛星画像で乱氷の状態を確認したところ、グリーンランド最北部のワシントンランド北端からケネディ海峡を横断してエルズミア島レディフランクリン湾にむかうのがよさそうだった。
2年前は同じルートからエルズミア内陸部踏査をめざしたが、海岸でひどい乱氷が壁となってたちふさがり、結局ケネディ海峡を北上してもどってきた。だが今年は衛星画像をみるかぎり乱氷はほとんどない。これなら絶対に内陸探検が可能だと圧倒的な自信をもって村を出た。
ところが、だ。氷の上にのっかった雪の状態が悪かった。風にたたかれたせいで密度の高い重たい雪がつづき、場所によっては大量の雪が吹きだまって犬が泳いでしまう。おそらく全体的に風が中途半端につよかったのだ。もっとつよかったら雪は氷のように固くなり、橇も足も沈まない最高の状態となるのだが、そこまでではない。犬の体重にも橇の重さにも耐えられない程度の固さしかないため、一歩踏み込むたびに沈んでしまう。これが犬には一番辛い。
ペースが出ないので、今回ばかりは私も橇をおりて後ろから一緒に押して歩く時間が長かった。しかしペースがあがらなかったせいで、気づかぬうちに犬に無理な行動をとらせてしまっていたのだと思う。私自身の「犬橇力」が近年みるみるあがってきたこともあった。昔は6、7時間行動したら私が疲れてしまいキャンプにしていたが、いまは長時間行動も平気になり、気づくと11時間とか12時間とかやっているのである。
そんなことが重なり、ケネディ海峡直前で犬がばててしまった。もうヘロヘロで動けない。皮肉なことに海峡直前で海氷は完全に雪が吹き飛ばされた最高の状態となったが、それにもかかわらず犬たちは歩くのがやっと、突然ぶっ倒れる犬もいた。
2日休憩したけれど回復せず、日程的にもきついし餌も少ないことから、結局そこで敗退となった。
こんなことになったのははじめてである。これまではどんなに橇が重くても、どんなに疲れていても、どんなに雪が深くても、それなりに動いてくれた。それが彼らはとんでもなくタフだ、どんな状況でも絶対にぶっ倒れることはない、という信頼につながっていた。もしかしたらこの信頼がよくなかったのだろうか?
2カ月にもおよぶ長期旅行では普段とはちがう乗り方がもとめられる。自分はこの7年間の犬橇活動でいったい何を学んだのか。小手先の技術や犬のあつかいがうまくなったせいで、逆に旅が下手になったのか? 餌の量や休憩のとり方など多くの反省点が頭のなかでぐるぐる回った。犬橇は本当にむずかしい。来年また一からやり直しだ。


角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。




















