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読み物


ニオゲヤ
更新日:2026/04/22
アザラシの毛皮をつかった靴には毛があるやつと無いやつの二種類があり、毛がないのはカミック、毛があるほうはニオゲヤという。当然ニオゲヤのほうが温かく、冬の犬橇(いぬぞり)ではこちらがメインブーツになるが、前に作ったやつは古くなって靴底も穴だらけなので思い切って新品を作ることにした。
向かいの家のピピアという女性に去年のうちから「来年はニオゲヤを作る」と伝えていたので、1月に到着した時点で毛皮を準備してくれていた。本体部分がワモンアザラシで靴底はアゴヒゲアザラシの革をつかう。いずれも4~500クローネぐらいだった記憶があるので、ふたつで1,000クローネ(約2万5千円)でいいかと訊ねると、OKという返事だったが、ちょっと渋い顔をしていたので、もしかしたら相場より安かったのかもしれない。
靴が完成するまでの道のりは長い。まずは革を柔らかくするところからはじまる。乾燥して固くなったワモンアザラシの毛皮を半分に折り曲げては踏んづけるという作業をひたすらつづけ、ある程度柔らかくなったら、水で湿らせて袋のなかで一晩放置し、しっとりとしたところで両手でひたすら揉みつづける。専用の金属で裏地をさらにしごき、ふたたび湿らせた後に重石をのせて一晩ねかせてしわをのばす。
靴底のほうはアトガというが、こちらはワモンアザラシよりだいぶ固いので処理はさらに大変だ。まずは半分に折り曲げ奥歯で嚙んで折り目をつける。これを全面的におこなう。それから金属のハンマーなどでガンガンたたいてさらに柔らかくしてゆくのだが、この作業が大変なので、ピピアの旦那さんのトゥーマッハが金属の嚙み合わせがついたお手製の専用器具を貸してくれた。おかげで大幅に時間を短縮できた。それからこちらもしっかりと湿らせて、カーミウというしごき台をつかってごりごりしごいて平滑にしてゆく。
こんなふうに革を処理するだけでも4、5日の作業だ。
革ができたら型紙にそって切り出すが、大きさやかたちで履き心地の良し悪しが決まるので、ここが一番経験がとわれるところだ。私にはそこまでの経験はないので、ここはピピアにお願いして私の足にあった型紙を作ってもらった。
革を切ったらようやく縫い作業だ。本体はひたすら細かくかがり縫いをするだけだが、むずかしいのは本体とアトガ(靴底)を縫いつけるところである。言葉ではちょっと説明できないのだが、雪や水が寒さが入りこまないように非常にこみいった縫い方をする必要があり、とても時間がかかるのだ。
とくにむずかしいのがつま先と踵の部分で、二次元の平面的な革で三次元的な丸みとふくらみを出さなければならない。そのために靴底の革をたわめながら縫わなければならず、これもまた独特の細かな縫製技術を必要とする。さらに、書くのを忘れていたが、その前段階として靴底の革の際の部分をウロという半月形の刃物で薄くしておかなければならないのである。
片足分が縫いあがったところで、一度、ピピアに見てもらったが、「こんなに縫い目が大きかったら雪や水が入ってくる。これじゃあダメだ」と厳しく指摘され、結局、ナイフで糸を切ってやり直しとなった。
あらためて縫い方を教えてもらい、ふたたび丁寧に縫いはじめる。たわめ方が失敗すると左右のふくらみにズレが生じて縫い直しだ。犬橇をやらない日はそれこそ一日中縫いつづけるが、何度も何度もやりなおすので一日に20センチぐらいしか進まない。結局、完成までに2週間ほどかかったが、妥協せず作っただけに履き心地はかなり良く、納得の出来栄えとなった。
ちなみにグリーンランドのイヌイ社会では分業制がつづいており、男性は狩猟、女性は鞣(なめ)しと縫い物の皮革作業を担当してきた。今回書いたように縫い物も時間と労力のかかる作業だが、その前段階である鞣しも負けず劣らず大変で(私がビビアから購入した毛皮はすでに鞣しが終わったものだ)、技術的にも熟練を要する。そのせいか最近の若い女性は皮革関係の作業はほぼやらなくなった。鞣しにしても縫い物にしても技術があるのは50代以上で、40代は少数派、30代は見つけるのがむずかしいという状況ではなかろうか(ちなみにピピアは私のちょっと下、40代後半だ)。
いまでも若い男性は犬橇での猟をつづけているし、アザラシの毛皮靴や手袋、シロクマのズボンを使用する。やはり犬橇には毛皮製品が温かいし、使い勝手もよく、足音が消えるので狩りにも向いているのだ。しかしそれを作っているのは、昔のように彼らの妻ではなく、彼らの母親だったり親戚のおばさんだったりするわけだ。
2~30年後に彼女たちがいなくなったらどうなるのだろうか? 犬橇をやる猟師も徐々に減ってきてはいるが、それ以上に鞣しと縫製をする女性がいなくなることのほうが、伝統文化の危機という点からいうと深刻なのかもしれない。


角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。




















