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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

グリーンランド国立博物館

更新日:2025/11/12

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 グリーンランド国立博物館の展示物はなかなか内容に富んでおり、伝統的な毛皮服や毛皮靴、巨大なウミアック(大型の皮張り舟)の木の骨組みなどがずらりとならぶほか、パネル展示に記載された説明文も詳細で勉強になった。エスキモー文化にかんする日本語の書籍や資料は非常に数がかぎられているし、あったとしてもアラスカやカナダにおける民族調査ばかりで、グリーンランドの、それも北西部の極地エスキモー居住地域(チューレ地区)に言及したものはほとんどなく、わずかに植村直己の旅行記と大島育雄さんの著作があるのみだ。英文でかぎられた行数とはいえ、グリーンランド全体の文化を説明した展示文は私にはかなり貴重な情報だった。
 陳列された収蔵品のなかにシャーマンがつける仮面があった。20世紀前半にグリーンランドからアラスカまで犬橇(いぬぞり)で旅をしたクヌート・ラスムッセンの著作を読むと、まだ当時はシャーマンによる呪術がのこっていたが、いまは影もかたちも見当たらない。それどころかグリーンランドの場合は極端で、アラスカやカナダではいまだ大事に保存されている狩猟にともなう儀式や神話体系もすべて跡形もなく日常生活から消失してしまっているのである。
 極地エスキモーは動物の命をうばうだけで、その魂を超越界におくりかえす儀式や猟の成功の祈願などはいっさいおこなわない。なぜこれほど一切の儀式体系がうしなわれたのか、私も昔からシオラパルクに滞在していてそこが謎だったのだが、学術的にも解答らしきものは出ていないようだ。一説によれば、良くも悪くもデンマークはグリーンランドの植民政策をそれなりにうまくやってのけたため、抑圧にともなう反発や抵抗が少なく、アラスカやカナダのようにエスキモー文化の復興や保存のうごきが鈍かったのではないかともいわれる。
 博物館ではいくつかの英語の書籍を購入したほか、ヌークからコペンハーゲンに移動してからは古書店にたちよりラスムッセンの探検記の原書など複数の古本を手に入れた。めずらしく学術的装いにみちた帰路の旅となった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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