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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

ずらりとならんだセルフビルドカヤック

更新日:2025/10/22

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 この春、シオラパルクから日本に帰国する途中、はじめてグリーンランドの首都であるヌーク(Nuuk)にたちよる機会があった。というのは、本当はいつものように西部の中心地であるイルリサットの定宿で一泊する予定だったのだが、天候の関係で飛行機が着陸できず、そのまま次の中継地であるヌークまで素通りしてしまったのである。
 つぎの日はまる一日時間があいている。移動の途中の空き時間は私にとっては仕事に没頭できる貴重な時間なので(近年は5カ月間のグリーンランド滞在だけでなく日本でも山に登ってばかりなので仕事をする時間がどんどん削られている)、大抵は宿にこもって原稿を書いているが、このときははじめての町ということでめずらしく観光にでかけた。
 観光といったって街中をぶらぶらして博物館に行くぐらいなものだ。ただ、狩猟用の安物ステンレスナイフを買うために港にたちよったときに(グリーンランドでは狩猟漁労道具をあつかう店はだいたい港にある)、少しだけ興味深い光景に出くわした。幾段もの棚にずらりと並んだカヤックである。
 興味をもったのは私自身カヤックをやることもあるのだが、そこにあったカヤックがすべてセルフビルドによる自作カヤックだったからでもある。ヌークにこれほどのカヤック文化が根付いていることが意外だったのである。
 グリーンランドに通いつめているとはいえ、私が知っているのはチューレ地区とよばれる北西部の極地エスキモーエリアだけである。チューレ地区では今も猟師たちがカヤックから銛をうちこむ古くよりつたわるイッカク猟をおこなう。自分たちの制作文化につよいこだわりをもつ彼らだけに、使用するのはもちろんすべて自作カヤックだ。だから私にとって自作カヤックを目にするのはめずらしいことではないのだが、でもそれがいまも現役でつかわれているのはチューレ地域のように伝統的な狩猟生活がのこる一部の地域にかぎられると思っていたのである。
 いうまでもなくカヤックはエスキモー民族にとっての象徴的アイテムである。アラスカからグリーンランドまでひろがる現在のエスキモー民族は紀元800年から1000年前後にアリューシャン列島のほうから東に拡散した新興勢力で、カヤックやウミアックという皮舟を駆使した捕鯨により一気に居住域を拡散させた。ただヌークのような南部地域はエスキモー文化より北欧から移植したノース人の影響がつよく、私のなかではカヤックが盛んな認識はなかったわけだ。
 それにしてもどれほど手間暇をかけてこうしたカヤックは作られるのか。見れば見るほどいつか自分でも作ってみたい、そして自作カヤックで旅をしてみたいとの思いに駆られる。その後たちよったグリーンランド国立博物館でH. C. Petersen "SKINBOATS OF GREENLAND"という本を衝動買いする。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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