読み物
シロイルカ猟
更新日:2025/10/08
村にもどると崩壊した海氷が大小さまざまな浮氷となって海のうえをゆらゆら漂っていた。北風が吹いたら遠く沖合に流れ、南風が吹いたら今度はそれがまた村にもどってくる。浮氷はやっかいな存在で、これがたくさんあるとボートを出すことができない。
浮氷が離れたタイミングでシロイルカの群れがフィヨルドに入りこんでくると、そのたびに各戸に整備された無線で連絡が流れて男たちがいっせいにボート猟に出かける。私も一度参加したが、そのときは群れが浮氷のなかに逃げこみ一頭も獲れなかった。
シロイルカは現地語でケラルガ・カコットという。ケラルガが鯨で、カコットが白という意味だ。このあたりで獲れる鯨類はほかにケラルガ・コンナット、つまり黒い鯨がいて、これはイッカクのことである。シオラパルクの海はイッカクよりシロイルカのほうが多く、昔はフィヨルドの奥にいつも群れでたむろしており、カヤックで獲りに行ったようだ。それがエンジンボートが主流になり、うるさい音をがなり立てながら効率よく獲れるようになるとシロイルカの群れはいなくなり、時々気まぐれで来るだけとなった。
日本にもどる数日前に4頭のシロイルカが獲れて大猟となった。村にもどってから大量の海象(セイウチ)やシロイルカの肉をもらっていたので、私も大きなナイフをふるって解体の手伝いにくわわった。シロイルカ級の大物になると皮や肉をざくざくと切っていくだけなので、技術的なむずかしさは逆になくなる。
大物の解体のときはいつもそうだが、この日も働き盛りの男たちが労働するよこで、女、子供、老人がコーヒーやお菓子で談笑する。解体は楽しみ、肉は美味しくいただくのが彼らの流儀だ。狩りの成功を喜ぶことが、殺した動物への何よりの敬意になる。死んだ動物も自分の肉を「おいしいねえ」と言ってくれるほうが嬉しいだろう。罪悪感やしみったれた感情はそこにはいっさいない。
鯨類は皮がもっとも喜ばれる。コリコリしてビタミンCが豊富、生でも食べるし、茹でて柔らかくしても美味しい。民族的大好物で高値で取引される。
肉のほうはバターで炒めたり、生で食べたり、干し肉にしたりする。消化がよすぎて犬の餌としては好まれない。
大猟のおかげで私にもかなりのおすそ分けがまわり、来年用の干し肉をたくさん作ることができた。鯨の干し肉は旅の行動食に不可欠である。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。