読み物
ウロ
更新日:2023/12/13
北極で狩りをはじめてから毛皮の価値を見直すようになった。現地のイヌイットが狩りをするのは食料としての肉を入手するためであるが、同時に毛皮が欲しいからでもある。毛皮は彼らの衣類になる。海豹(あざらし)の皮はブーツや手袋に、白熊の毛皮はズボンに、兎の毛皮はインナーブーツに……といった具合だ。
シオラパルクで犬橇をはじめてから、私も毛皮の機能性に気づき、今ではズボン、靴、手袋はすべて地元産の毛皮で自作したものを使用している。
使い始めると新しいのがほしくなる。今欲しいのは馴鹿(トナカイ)のアノラックだが、最近、シオラパルク周辺では馴鹿が姿を消し、狩りをすることが難しくなった。村の友人に頼んで、南部のイルリサットあたりの猟師にフェイスブックで連絡をとってもらえば簡単に手に入るが、できれば自分で狩りをした獲物の毛皮を使いたい。
そんなことを考えているうち、現地にいないなら、北海道で獲ったエゾ鹿の毛皮を鞣(なめ)して持っていけばいいじゃないか! と閃いた。
思いついたら(なるべく)実行するのが私の流儀だ。
毛皮処理で大変なのは皮から肉や脂をこそぎ落す作業だ。イヌイットはそのためにウロという半円形の刃物を使う。日本で鞣しをDIYしている人はナイフを使うようだが、ウロのほうが使い勝手が良さそうなので、まずはこれを自作することにした。
刃物の自作なんてやったことがない。正直、ウロの大きさや形状の記憶もいい加減なものだが、とりあえず知人からいただいた栗材を切り出し、柄を大まかに作成。千円ほどで購入したステンレスの包丁をグラインダーで切断し、柄の切り込みにはめ込み、エポキシ樹脂で固めた。あとは電動工具できれいに整え、刃先を研(と)ぎ、ひとまず使えそうな状態に整えた。
大急ぎで制作したが、それでもほぼ三日を要した。明後日から北海道に行き、雄のエゾ鹿の毛皮を最低二枚手に入れないといけない。作業の間は仕事ができないことを思うと、経済的損失はいかばかりであろう。こういうことに手を染めると口座の預金残高は減る一方だが、逆に人生は豊かになってゆく。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。