読み物
アッパリアス
更新日:2023/09/27
シオラパルクの夏の風物詩といえば大量に飛来する海鳥アッパリアス(ヒメウミスズメ)である。
私も毎年、犬橇の長い旅からもどると専用のたも網を橇につみ、アッパリアスが繁殖期に集まる岩場の斜面に出かける。猟の目的は日々の食材確保と、翌シーズンの食料となるキビヤ作り。アッパリアスは塩茹でにしても、玉葱と一緒にマーガリンで炒めても旨いが、飛来する鳥にタイミングよく網をあわせて獲るのも単純に面白い。獲って良し、食べて良し、の素晴らしい獲物である。
日々の食材にするには必要なぶんだけ獲ればそれで終わりだが、キビヤの場合は、鮮度がちがうと味にばらつきがでるので、一度に大量に獲るほうがいい。海豹(あざらし)の皮袋にアッパリアスを詰めこみ、岩の下に埋設して二、三カ月発酵させるのが、キビヤだ。皮袋に入る量は二百羽から二百五十羽ほど。名人ならいざ知らず、これだけの鳥を一度に獲るのはなかなかの重労働である。
猟場にも獲りやすいところ、獲りにくいところがある。一般論としては村から遠く、険しい猟場のほうがいい。村の対岸にいい猟場(クーガッハ)があり、去年はそこで獲ったが、日当たりが悪く、今年は残雪が多そうなので、村の近くの、皆が日々利用する猟場をつかった。鳥の動きは風に大きな影響をうける。いい風向きのときは続けざまに獲れて笑いがとまらないが、少し風がかわるだけで全然獲れなくなって面白くない。八時間かけて二百羽弱を捕獲し、この日は終了。二日寝かせて皮袋に詰めたが、袋が思ったより大きく、一週間前に獲った古いのも詰めこんだ。もしかしたら来年のキビヤはあまり旨くないかもしれない。
皮袋は八月中に友人のイラングアが掘り出し、冬まで冷凍庫に保管してくれることになっている。冷凍庫の使用料は五百クローネ(約一万円)である。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。