読み物
兎狩り
更新日:2023/08/23
三月下旬からシオラパルクの周辺では兎狩りが本格化する。四月中旬以降の繁殖期を前に栄養を身体にたくわえるため、餌場を積極的に動きまわるようだ。夕方から朝方にかけて餌場に下りてきて腹を満たし、日中は山のうえの寝床に隠れるため、夕方から夜間にかけてが狙い目となる。
かつて徒歩で橇をひいて旅をしていたときはよく兎を獲った。私が旅をするグリーンランド北部のイングルフィールドランドは兎の巨大な巣窟のようなところで、かつてはいたるところで群れを見かけた。だが、二〇一八年以降は狼が急増したせいか、あまり姿を見なくなり、今では完全にレアな存在となった。私が銃器のあつかいをおぼえたのは兎狩りのおかげだし、何より兎の肉はやわらかくて癖もなく、旨い。
今年の旅の出発は四月以降、はじめて兎の猟期に村にいることとなり、何度か村の近くの猟場にむかった。前に兎狩りをしたときは白熊にもつかえる大きな口径のライフルしかなく、しかもオープンサイトだったため、かなり近づかないと当たらなかった。だがいまは兎狩りに標準的な二十二口径の小さなライフルがあり、しかもスコープがついている。日本でも狩猟をはじめ、腕前も上達した。二百メートル前後の距離からほぼ百発百中で命中する。むしろ射撃より回収のほうが大変で、やわらかいニオゲヤ(海豹の革靴)では堅雪の急斜面でふんばりがきかず、ナイフやトウ(氷を砕くために先端が尖った鉄の棒)をピッケル代わりにかなり怖い思いをして急斜面を上り下りしないといけない。
兎狩りの目的は肉よりむしろ毛皮だ。現地では海豹や白熊の革靴の内側に兎の毛皮でつくった内靴をはく。これをアラッハというが、私のアラッハが少々古くなり新しいのがほしくなったのだ。
現地では毛皮は鞣(なめ)さず、洗って脂をおとし、乾燥させるだけ。兎の毛皮の処理はさほど難しくなく、近所のおばさんに教授してもらい数日で終えた。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。