読み物
犬小屋製作
更新日:2023/08/09
雌のカコットが今年も妊娠した。
今年は犬の頭数も多く、子犬を育てる予定はなかった。そのため、一月に村に来てまもなくカコットが発情すると、すぐに私は雄犬たちから離し、交配しないよう家の近くにつないだ。夏の間からずっとカコットとつないでいたボス犬のカルガリが彼女に執着し、ときどき、引綱を噛みちぎり、何食わぬ顔でカコットのところにやってきたことがあったが、結合した気配はなかった。
ところが三月にはいると、なんだか身体が妙に丸みを帯びはじめた。雄たちとおなじように走らせているのに、カコットはなぜか一頭だけ太ってゆく。まさか……と思って腹のまわりを調べると乳首が大きくなっている。妊娠の兆候である。まさかの妊娠だった。今回は結合なしで発情期をのりきったと安心しきっていたのである。
やっぱりカルガリとつながっていたのか、あるいは時折支点が外れてうろついていた隣のカガヤの犬とやっちゃったのか……。どこの馬の骨と結合したのか不明だが、せっかくなので生まれた犬のなかから一頭だけ育てることにした。
前にも書いたが出産にはヒヒガ(犬小屋)が必要だ。前のヒヒガは夏の不在のあいだに誰かに捨てられてしまったので、また作らないといけない。十日間のミニ旅行からもどると、山崎哲秀さんから余ったベニヤ板をいただき、大急ぎで製作した。
現在三月二十七日。カルガリとの子供ならそろそろ生まれる時期だが。
今年の長期旅行の出発は四月五日前後の予定だ。さすがに連れていくことはできないので、村人にお金をはらって母子の世話をお願いすることになりそうである。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。