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読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

白熊肉の分け前

更新日:2022/07/26

 朝、いつものように家族とスカイプで会話をしていると、いつも遊びに来るウーマという若者がドタバタと駆けこんできて、ぎゃあぎゃあと大騒ぎをはじめた。えらい興奮しており、「ナノック(白熊)」とか「アッギャイ(来い)」とか叫んでいる。白熊が現れ、狩りに行くからお前もすぐ犬橇を出せ、と言っているのかと思い、仕方がないなとスカイプを切り、玄関を出た。だが、定着氷のうえに転がっているのはすでに死体となった白熊であり、そのまわりに、四、五人が集まっている。もう狩りは終わったのに何故あれほど興奮していたのか、正直いって非常に迷惑だったが、ウーマは「アイヨー、カクハタ、ネケ、アマッタヒウ~(嗚呼、角幡が肉をたくさん手にいれた)」とか機嫌がよさそうだ。
 どういうことかよくわからなかったが、つぎのような次第であったらしい。
 白熊は朝八時頃、イツッタという村はずれの場所にやってきた。犬がオン、オンと警戒するときの独特の鳴き声に気づき、ヌカッピアングアとウーマの親子がイツッタに向かった。ただ、ウーマは自前のライフルを持参しなかったようで、現場から一番近くの橇にあったライフルでヌカッピアングアと熊を撃ったという。それが私のライフルで、結果、私も狩りの当事者というあつかいになり、分け前にあずかれるというのである。何故こいつは人のライフルを勝手に使っているのか、俺のことをナメているのか、という疑問は多少のこったが、肉をもらえると聞き、朝の不快は多少やわらいだ。白熊の肉はとにかく旨いのだ。
 ウーマによれば、致命傷をあたえた者ではなく、最初の一発目を撃ちこんだ者がその獲物を仕留めたことになり、一番多くの分け前にあずかれるらしい。この日の一発目はヌカッピアングア。二番目は本来ウーマだが、鉄砲は私のものなので、私が二番目あつかいで、ウーマは三番目、そして最初に現場にかけつけたケッダという若者が四番目で、この四人に肉をもらう正当な権利があるという。私も解体に参加し、左前脚と肋骨の肉をいただいた。
 この白熊騒動、鉄砲の弾四発がなくなったが、二十キロぐらいの肉が手に入ったので丸儲け、と言いたいところだが、経済収支としては赤字だった。
 犬に怪我がなかったか見に行ってみると、白熊が来た混乱で犬を繋いでいたロープが氷とこすれて切れてしまい二頭がフリーになっている。そして近くには空になったドッグフードの袋が……。どうやら二頭は白熊のもとに向かうのではなく橇に向かい、シートを食い破って中に積んであったドッグフードを食い漁ったのだ。その量、なんと二十キロ。二頭はまるで妊婦のように腹が膨れて動けなくなっている。白熊肉をもらったのはいいが、そのかわりにドッグフード二十キロ、金額にして六千円ほどをうしなったことになる。
 だが、金額よりも犬に橇を荒らされたことのほうがつらい。これまでの教育と訓練が不十分だったことが証明されたようなものだからだ。
 橇の荷物に手をつけるのは最大の御法度なので、当然のことながら徹底的に御仕置きし、一週間餌抜きの罰を科すことにした。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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