読み物
今年の初日の出
更新日:2022/07/13
二月十七日に太陽が姿を見せて今年の〝初日の出〟をむかえた。シオラパルクは地形的な理由で極夜明けがちょっと遅い。ちょうど南にケケッタッハーという大きな島があり、それが邪魔して数日遅れるのである。この島がなければ数日早く極夜明けとなるはずである。
二月十七日は犬に斜面を登らせる訓練をするため、村から七キロほど離れたヒオガッハーという場所を訪れていた。ヒオガッハーの浜の手前は例年、乱氷帯となっており、極夜のあいだは暗いのであまり近づかない。極夜明けが近づき視界がきくようになると、乱氷帯の弱点をついて浜に上陸できる。太陽が昇ったときはちょうど乱氷帯を越えて浜に上陸し、定着氷を走り、登高訓練の斜面をめざしていたときだった。二月は強風が少なく、ヒオガッハーの定着氷には軟雪が二十センチほど吹きだまっており、犬は苦労していた。
今年の初日の出は例年より光が眩しかったように感じた。ヒオガッハーの山の頂きが徐々にオレンジ色に染まってゆき、光と影の境界が徐々に浜のほうにおりてくる。やがて私と犬は眩しい光につつまれ、南を見るとケケッタッハーの島の上に太陽が奥ゆかしげに上端をのぞかせ、それから徐々に高度をあげた。極夜明けの太陽は上端を見せてすぐに沈むのが普通だが、全体の三分の二ぐらいは見えたのではないかと思う。ヒオガッハーは村とは見え方がちがう。もしかしたら二日ぐらい前にすでに太陽が昇っていたのかもしれない。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。