読み物
出国のドタバタ
更新日:2022/01/26
今年も北極圏に旅立つ日がきた。去年からコロナ禍の出国となり、手続きの煩雑さと先の読めなさに悩まされている。秋ごろまでは日本の感染状況が落ち着いていたこともあり、出発は一月にしようと思っていた。本番での犬橇旅行は三月下旬から五月までの二カ月強であり、準備のための犬の訓練期間をふくめても、一月中旬に出れば十分間にあうからだ。しかし秋以降のヨーロッパの感染状況の悪化で予断をゆるさない状況となり、さらにオミクロン株の出現……。年末にグリーンランド当局が国境を閉鎖、なんてこともありそうなので、予定を前倒しし、十二月中旬の出国となった。
刻々と状況はかわるし、各国のレギュレーションもいきなり変化する。私だけでなく航空会社のスタッフも対応におわれて追いつかないらしい。
空港でのチェックインの際は、会社のスタッフが乗客の最終目的地を確認し、必要書類に目を通している。私の場合はデンマーク入国で、必要なのはワクチン証明書だけだ。なのでそれを提示したのだが、対応するスタッフはどうもその確認がとれないらしい。ワクチン証明書があればデンマークに入国できることはわかったらしいのだが、日本当局発行の証明書をデンマーク当局が認めているのか、その確証がとれないようなのだ。
そのうち五人も六人もぞろぞろ集まって、みんなで端末の画面を操作しはじめた。
いやいや、こちらとしてはそれで問題ないことは事前に確認しているし、そもそも日本人が用意できる証明書はこの当局発行のものしかない。それ以外にデンマーク当局は何を認めるというの? だいたいそのレギュレーションは数カ月前から変わっておらず、この空港から少なくない数の人がデンマークに渡航しているはずだ。どうして、いまになってこんなことに慌てふためくのか? 理解に苦しんだが、スタッフの人たちも変化にたいして疑心暗鬼になっているのだろう。
結局、二十分ほど待たされて「大丈夫でした」となったが、最後に家族とゆっくりする時間がなくなってしまったのだった。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。