読み物
海豹脂で食す魚と鯨の干物
更新日:2021/08/25
ここ二年、北極の旅ではまっている食べ物がこれ。アンマッシャーとよばれる魚の干物と一角鯨の干し肉である。輪紋海豹(ワモンアザラシ)の脂身と一緒に食べると最高に旨い。
アンマッシャーはシオラパルクでは獲れないので、行きに途中の経由地であるイルリサットという町で買っていく。店でも売っているが高いので、宿の人に「アンマッシャー・パナウト(乾かしたものの意味)が欲しいんだけど」とお願いして、漁業者を紹介してもらうか、直接買い付けてもらう。
鯨のほうは、シオラパルクの人はだいたい夏に狩猟したものの一部を櫓(やぐら)で干し肉にするので、それを売ってもらう。今年は犬橇旅行に出る前に大島育雄さんが餞別に二キロほどくれたので、それを食べていた。
いずれも干物単体でも旨いが、脂身をそえると味が数倍よくなる。芳醇でジューシーな脂が滲みこんだ肉は極上のひと言だ。犬橇旅行は十分な行動食をとらないまま一日が過ぎることが多く、テントをたてて中にはいると、まずこの干物・脂セットをがつがつと食い、ちょっと腹を充たしたあとコーヒーで一服することが多い。腹が減っているということもあるが、とにかく旨くて我慢できないのだ(ちなみに写真はテントではなく村の家で撮ったもの)。
犬橇行で食べる干物・脂は、現在のところ、私のなかでは世界でもっとも旨いものである。この食体験をあじわえない、自分以外の全人類の皆様がとても可哀そうだ。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。