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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

海氷の崩壊 その1

更新日:2021/06/09

 毎年半年近くも極北の地に滞在していると予期せぬ出来事が起こるもので、去年は定着氷を犬橇で走っている最中に脇の斜面が雪崩(なだ)れて橇が壊れるという、地元の人も聞いたことがないという椿事におそわれた。今年は気温が高く、氷が厚くならなかったものの、それなりに順調に活動し、このまま滞りなく予定を消化できるかに思えた。ところが、二月に異変が発生。十二日の朝、外の様子を見ると、なんと昨日まで海に張っていた氷が全部なくなり、海原に白浪がたっているではないか。二日前からの大風で海氷が崩壊、流出してしまったのだ。
 氷が成長しなかったのは気温が高かった以外に雪が多かったせいもある。雪が多いと断熱材となり氷が成長しないのだ。台風なみの嵐となることは天気予報でわかっていたため、海氷が流出することも予想されたが、しかし海氷が流れるポイントはだいたい決まっていて、通常この時期の大風では村の前の氷はのこるはずだ。だが風の勢いは予想を超え、フィヨルドの奥のほうまで海氷の八割がなくなってしまったのである。
 こうなると犬橇をやるのはほぼ不可能になる。陸地でやろうにも村の周辺は地形がけわしく、岩がごろごろしていてほとんど走れない。唯一の方途としては定着氷(海岸にへばりついた氷)を湾奥に進み、かろうじて残った氷を目指すしかないが、歩いて偵察してみると村から七、八百メートルのあたりで定着氷に雪がかぶさり、通行不能となっていた。
 こうなるとシオラパルクは陸の孤島。ヘリに乗る以外、どこにも行くことはできない。犬橇をやりにきたのに、不可能となってしまった。
(その2へつづく)

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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