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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

カナック往復

更新日:2021/05/12

 地域の中心地カナックはシオラパルクから六十キロほどの道のりだ。犬橇をはじめた二年前はカナックまで往復することが最初の目標だった。片道六十キロというのはそこそこの距離で、今もシーズン最初の長距離走をさせるのに最適な練習コースである。
 一月末に今シーズン最初のカナック往復をおこなった。特にこれといった用事はなかったが、来シーズンは新しい橇を作るつもりなのでそれ用の木材や、あとは犬の胴バンド用のスリングだとか、その他諸々シオラパルクでは手に入らないものも多く、その買い出しのためである。悩んだのは五頭の子犬をどうするかだ。生後五カ月がたち、訓練も順調にすすんで橇を引くのは問題なくなったが、さすがに六十キロは長すぎる気がする。とりあえず村を出発してしばらくしたら交代で橇のうえで休ませて、カナックまで行こうと考えた。
 しかしいざ出発すると元気に走っているし、いちいち橇のうえに乗せてしばりつけるのも手間なので、まあ大丈夫か、と考えをあらため、そのまま走らせることにした。
 一応配慮して、いつもより休憩を長めにとったが、さすがに中間あたりから子犬たちは疲れてきたようだ。そりゃそうである。いつものカッシュチ(罠網)の見回りはせいぜい三十キロほどなのに、急に距離が倍に延びたのだから。三分の二を過ぎたあたりで五頭のうちのホワイトが遅れはじめたので、引綱をほどいて橇から解放してやった。
 カナックには約七時間で到着。四頭の雄犬たちはぐったりして餌をやっても立ちあがれない。寝転がったまま地面に口をつけてドッグフードをいかにも気が乗らなそうな様子で食べている。それにくらべて雌のツキミはまだまだ余力があるようで、一緒に繋留した大人の雄犬と元気にじゃれ合って遊んでいる。人間と同じで女の子のほうがタフなのかもしれない。
 翌日は買い出しをおこない、その次の日にふたたび六十キロ走って村へともどったが、少し慣れたのか往路ほどの疲れは見せなかった。これで子犬たちも一皮むけてバージョンアップしたはずである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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