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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

来訪神②

更新日:2021/03/24

 前回のミッタットの話の続き。
 ミッタットは大晦日に来ると聞いていたが、元日の昼に子供のミッタットがやって来た。前日の、やや本格的っぽい衣装に身をつつんだウーマ・ミッタットとはちがい、なにやらギャングっぽい派手な装いの可愛らしい来訪神だ。正体はハンス・ヘンドリクセンという四歳になるウーマの甥っ子で、お母さんのウーリーナに手を引かれてやって来たのだった。
 ミッタットは子供が演じる場合が多く、大晦日はお菓子をたくさん用意しておいたほうがいい、と聞いていた。そこでお私は三十日の店の年内最終営業日にグミとチョコを大量に買いこんで子供が来るのを待っていたのだが、実際にやって来たのは大人のウーマ・ミッタットだけ。仕方なく、彼の袋に子供用に用意したお菓子を大量に入れこんだのだが、お菓子をもらったウーマは無言のままやや困惑気味で、こっちをくれよ、と傍にあった作ったばかりの犬の胴バンドを指さし、要求したのだった。当然、私は「駄目、駄目」と無視したのだが(翌日、ドッグフードを置いていってくれたことを知り、もう少しいいのをあげればよかった、と後悔した)。
 大晦日に子供のミッタットが来なかったのは、村に児童や幼児がほとんどいなくなってしまったからである。数年前までは小学生がたくさんいたが、皆、中学校に進学してすっかり年頃になり、ミッタットでお菓子をもらうなど、馬鹿らしくてやらない年齢になった。今では小学生以下はわずか七人。ほとんどが四歳以下の幼児で、なかには他の村の子供や南部から赴任している学校の先生の子供もおり、純粋な村の子供は乳幼児ふくめて五人しかいない。子供がいないというのは、要するに若い夫婦がほとんどいないこと、つまり高齢化の裏返しだ。
 大晦日ではなく元日にミッタットでやってきたたった一人の子供は、イヌイット文化の衰退の現状そのものでもあるのだった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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