古代の物語が生きている 神話の“現場”を歩く

第3回

ギリシャ神話を歩く

更新日:2025/12/10

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神話の国ギリシャ
 世界のどの土地にも神話があり、神話を持たなかった民族はいないといわれます。けれども、その中でもギリシャ神話ほど、人々の心に生き続け、数えきれないほどの芸術や物語を生み出してきたものはないでしょう。

 日本の神話に強く惹かれ、出雲訪れたラフカディオ・ハーンは、母親がギリシャ人でギリシャのレフカダ島で生まれました。彼がそこで育つのは2歳までですが、日本の神話に強く惹かれ、出雲へ向かう背景には、この豊かな神話世界を背景に持っていたことがあったのではないでしょうか。

 美女と結ばれるために白鳥や光の雨へと姿を変えるゼウス。浮気性の夫ゼウスに嫉妬し、浮気相手の女神や女性、その子どもに、ときに苛烈な復讐を行う妻ヘラ。ゼウスと浮気相手との間に生まれた子としてヘラの怒りを受け止めながらも、数々の試練を乗り越える英雄ヘラクレス。「ミロのヴィーナス」やボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」のように、人間が想像しうる最高の美として表現されてきた愛と美の女神アフロディテ(ヴィーナスはローマ神話のウェヌスの英語名で、アフロディテと同一視された)。そして、首都アテネの街を見下ろすアクロポリスの丘にそびえるパルテノン神殿に祀られた都市の守護神アテナ。
 ギリシャの各地には、こうした個性豊かな神々の神話が息づいています。


アクロポリスに建つパルテノン神殿。アクロポリスとは、「高い丘にある都市」を意味する。アテネのアクロポリスがもっとも有名で、女神アテナに捧げられたパルテノン神殿やディオニュソス劇場などがある。アテネの町は、このアクロポリスを中心に広がる。写真はアクロポリスを正面に見ることのできるフィロパポスの丘から撮影。

 ところで、ギリシャ神話といっても、ひとつの「聖典」や「決定版」があるわけではありません。神々の物語は、さまざまな詩や芸術作品のなかに散りばめられて伝えられてきました。紀元前8世紀の詩人ホメロス、続くヘシオドスらの叙事詩に始まり、紀元前5世紀のソフォクレスやエウリピデスといった悲劇詩人の作品へと受け継がれていきます。また、ローマ時代の作家たちもその神々を語り継ぎました。さらに、神話は詩や文学だけでなく、彫刻や壺絵のなかにも刻まれています。そこに描かれた神々の姿や英雄たちの物語は、いまもなおギリシャ各地の博物館や遺跡に息づいています。
悲劇の舞台・デルフォイ
 数多くの神話がギリシャのさまざまな場所を舞台に展開していますが、そのなかでも一度訪れてみたいと思っていたのが、アポロンの神殿のある聖地デルフォイでした。
 ギリシャ本土のほぼ中央、パルナッソス山の南麓、切り立った岩山の中腹に、この聖地は張り付くように広がっています。見下ろすと、オリーブの木々のあいだを縫うように細い道が曲がりくねり、遠くには青い海がかすんで見えます。古代の人々はここを「世界のへそ」と呼び、ギリシャ中から神託を得るためにやって来ました。
 かつてアポロンの神殿では、神託は巫女たちが、“神がかり”をして伝えていました。その伝統はとうの昔に途絶えていますが、興味深いことに、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)はそのデルフォイの巫女について、遠く離れた出雲で考えていました(『日本の面影』英語版、Chapter Eleven, “Notes on Kitzuki”)。


パルナッソス山。アポロンと芸術の女神ムーサ(英語ではミューズ)たちを祀る山。デルフォイはこの山の中腹にある。

 彼が出雲大社を訪れたときのことです。現在では不可能なのですが、ハーンは本殿に昇殿し、参拝するというきわめて貴重な体験をしました。その際、巫女の舞を目にします。『新編 日本の面影』(池田雅之訳、角川ソフィア文庫)に収められた「杵築」というエッセイによれば、巫女は鈴を鳴らしながら、太鼓や竹笛の音に合わせて円を描くように舞い、優雅で神秘的だったといいます。純白の装束をまとったその姿の美しさに、ハーンは魅了されたのでしょう。
 彼は、遠い過去のデルフォイの巫女の姿もこのようなものだったと想像したのかもしれません。出雲大社とアポロン神殿。一方は海のそばに建つ木造の神殿、もう一方は山の中腹に築かれた石の神殿。まったく異なるように見えます。けれども、アポロン神殿の前に立ち、その巨大な石の柱に圧倒されるとき、私は思わず出雲の大柱を思い出しました。
 紀元前6世紀に建てられたこのアポロン神殿は、地震などによる破壊に見舞われながらも、そのたびに人々の手で修復され、形を保ち続けていました。出雲大社も神話に起源を持つ古い社殿を、形を変えつつも守り伝え、いまもそのどっしりとした大きさで圧倒します。


デルフォイのアポロン神殿。土台と6本の石柱が残る。現在残っているのは紀元前4世紀ころのもので、この神殿の奥で巫女が神がかりをし、神託を伝えた。神域は広く、劇場やスタジアムもある。

 ギリシャ神話には、半神半人の英雄たちの物語も数多く語られています。ヘラクレスが数々の試練を乗り越える物語、ペルセウスが蛇の髪をもつゴルゴンを倒し、恐ろしい怪物からアンドロメダを救い出して結ばれる神話などは、人々の心を惹きつけ、幾多の絵画や彫刻の題材となってきました。
 こうした心を沸き立たせる英雄神話がある一方で、神々の前で人間がいかに無力であるかを思い知らされるような物語も少なくありません。人は未来を知りたがり、神の予言を求めます。そして、その結果にあらがおうとする。けれども、それは神の領域。人は運命にからめとられてしまいます。それでも、人はあらがう。そこに悲劇が生まれていきます。
 アポロンに予言を求めた有名な物語に、悲劇詩人ソフォクレスによる「オイディプス王」があります。
「生みの母と交わって子をなし、父を殺すであろう」という衝撃的な神託を得たオイディプスは、その神託を避けるために行動をしますが、けっきょくは父を殺し、母との間に4人の子をもうけることになります。そして最後は絶望し、自らの目をつき、暗闇の中に生きることとなります。
「そんなわかりにくい神託を出すのが悪い」と感じる方が多いでしょう。その通りかもしれません。しかし、その背景にあるのは、人間は神ではない。だから神の意図を正確に知ることなどできないという思想です。アポロン神殿には「汝自身を知れ」という格言が刻まれていたといいます。「お前は神ではなく、人間である。思いあがってはならない」という戒めの言葉です。神託は決して誤らないが、人間はその意味を正しく理解することはできないということでしょう。
 アポロンは光の神です。古代ギリシャでは、最高神ゼウスと並ぶほどの人気を誇り、音楽や医術、弓術、そして知を司る神でもありました。
 アポロン神殿を訪れたとき、もっとも印象に残ったのは、突き刺すような日差しでした。まさしく「光の神」の神域だと感じる一方で、その光が生み出す影の濃さにもはっとさせられました。
 光と影。アポロンは、まさにこの二つをあわせもつ神です。では、そのアポロンはいったいどこで生まれたのでしょうか。次に、彼の生まれた島、デロス島を訪ねてみましょう。
アポロンが生まれた島・デロス島
 アテネから飛行機で約40分。エーゲ海の青い海に白壁の家々が映えるミコノス島があります。多くの観光客が「ギリシャらしい風景」を求めて訪れるこの島から、さらに船で三十分ほどのところに、その小さな島はあります。アポロンとその妹アルテミスが生まれたとされるデロス島です。


アポロンの島・デロス島。デロスとは、ギリシャ語で「明るい」あるいは「輝いた」という意味。訪れたのは9月半ばだったが、船で近づくとまさに日差しを浴びて輝いているようだった。

 観光客向けの宿泊施設やレストランはなく、あるのは遺跡と小さな博物館だけ。まさに神話の島と呼ぶにふさわしい場所です。
 いまは発掘関係者以外では観光客のみが訪れる無人島ですが、いつの時代も無人だったわけではありません。かつては多くの神殿や劇場、住宅が建ち並び、エーゲ海交易の中心地として栄えていました。紀元前5世紀にギリシャの各ポリス(都市国家)がペルシャの攻撃に備えて結成したデロス同盟の本拠地としても知られています。しかし、都市として繁栄していたからか、海賊の被害にも見舞われ、次第に荒廃し、無人となっていきました。
 19世紀に発掘調査が本格的にはじまり、その価値が再び広く知られるようになっていきます。いまは、島全体が世界遺産に登録されています。
 アポロンの誕生にまつわる神話は、次のようなものです。
 ゼウスと女神レトが結ばれ、レトが妊娠すると、ゼウスの正妻ヘラは、激しく嫉妬します。そしてあらゆる国や島に出産の場を提供しないように命じ、レトの出産を妨害します。困ったレトは各地を放浪し、そのときは浮島であったためにヘラの目が及ばなかったデロス島にようやく受け入れられ、出産することになりました。お産は重く、9日9夜に及びます。というのもヘラは自身の娘であり、出産をつかさどる女神のエイレイテイアをその嫉妬心から引き留めていたからです。しかし見かねた女神たちはこっそりとエイレイテイアをレトのもとへ送り、ようやくシュロの木につかまってアポロンとアルテミスの双子の兄妹を生むことができました。この功績により、デロス島は海に根を下ろし、浮島ではなくなったそうです。


レトが双子を生んだ場所とされる聖なる湖は、現在は水が枯れ、草が生えている。そこには、後年神話にちなんでシュロの木が植えられた。

 デロス島には、お産の際にシュロの木につかまったと伝えられていることから、その場所には後世、記念としてシュロの木が植えられています。レトがお産の際に身を持たれかけた、あるいはアポロンとアルテミスのもう一つの出産の場所とされているのが、キュントス山です。標高は100メートル余りでそれほど高い山ではありませんが、帰りの船の時間を気にしながら急ぎ足で上ると、息が切れます。
 イシスの神殿など、さまざまな神々に捧げられた遺構をたどりながら山頂に立つと、そこからはエーゲ海と遺跡が一望できます。島のなかでもとりわけ神聖な場所だったのでしょう。


キュントス山。それほど高い山ではないが、乾燥した石が転がる坂道は、想像以上に危険。思わず足に力が入る。それでも、山頂から見下ろすと、そこには遺跡とエーゲ海が広がっている。
中ほどの神殿はエジプトの女神イシスを祀る。地中海交易が神々の交流を生み出していたこともわかる。

 デロス島のアポロン神殿は、港からそれほど遠くない場所にあり、そこから参道がまっすぐに伸びています。海に近いところに建つ神殿は、きっと海上からも見えたことでしょう。アポロンの島を象徴する、まさに光の神殿として。


デロス島のアポロン神殿。現在は廃墟となっているが、かつての威容を想像させるような立派な柱がいまもそびえている。

 こうして、アポロンの光に導かれるように、神話の場所をたどってきました。
 出雲では「雲」のなかに神々の気配を感じ、アイルランドでは「風」の音に精霊の声を聞き、そしてギリシャでは「光」と「影」のあいだに、神と人間の関わりを見ました。
 神話を歩く旅のなかで、ときおりラフカディオ・ハーンの面影がよぎります。彼もまた、見えないものに耳を澄ませ、さまざまな土地の物語を思い浮かべながら神話を訪ね歩きました。
 神話を訪ねるとは、単に過去の物語をたどることではなく、神話を見つめ、書き残した先人たちとも対話することでもあります。ハーンだけでなく、多くの人々が出雲について、アイルランドについて、そしてギリシャについて書き残しました。彼らの言葉に導かれながら歩くとき、風景のなかに新たな神話が立ち上がってくる。そして、いつのまにか自分自身の物語が生まれてくる。そんなふうに思うのです。

『古事記・日本書記の物語を体感できる風景・神社案内
「神話」の歩き方』(集英社)

神話学を専門とする著者が、神話の伝わる土地、神話を感じる神秘的な風景を訪ね歩く喜びについて語る。自ら撮影した写真とともに、出雲・日向・対馬と3つのエリアの見どころを紹介。

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著者プロフィール

写真・文 平藤喜久子

國學院大學教授。専門宗教文化士。専門は神話学、宗教学。日本神話を中心に神話や神々が研究やアートなどの分野でどう読まれてきたか、神がどう表現されてきたのか、というテーマに取り組んでいる。神話の風景を探しながら写真撮影を行うことをライフワークとする。現在、ロンドン大学SOAS校で在外研究中。
著書に『人間にとって神話とは何か』(NHK出版)、『「神話」の歩き方』(集英社)、『〈聖なるもの〉を撮る』(山川出版社)など。

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