第3回
男に翻弄されながらも、自分の人生を生き抜く
『平家物語』の女たち
更新日:2025/01/15
- 強くて美しい女性の無念を描く『巴』
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巴御前は、『平家物語』に出てくる女たちの中でも、とりわけ人気の高い一人です。強く、美しく、かつ、深い哀しみを秘めています。
木曾義仲の愛妾、巴御前は女ながらに一人当千の荒武者で、敵方の武者を捕まえては鞍にねじ伏せ、首をねじ切るという強者です。西洋で言うなら、ジャンヌ・ダルク、あるいは、『ベルサイユのばら』のオスカルのような存在です。強いだけではなく、美しさも際立っています。
義仲が謀反の汚名を着せられて頼朝から追撃されたときには、最後まで討たれることなくともに戦います。ところが、最後の最後になって、義仲から、最期まで女を連れていたと言われるのは名折れだから、帰れと言われてしまい、泣く泣くその場を立ち去ります。『平家物語』では、その後、無事に木曽に戻ったとされています。
能の『巴』は、最愛の人と最期に別れざるを得なかった巴御前の無念がテーマです。前シテに巴の化身である里女が義仲ゆかりの神社に出現します。ワキは、木曽から旅をしてきた僧。その前に現れるのが、後シテの巴の亡霊です。能では、最後の別れのシーンは、本家の『平家物語』からすこし脚色されていて、義仲から「汝は女なり、忍ぶたよりもあるべし、これなる守小袖を木曽に届けよ」(お前は女だ、世を忍んで生きていく方便もあるだろう、このお守りと小袖を木曽に届けてくれ)、つまり、死後の形見を持ち帰れと言われ、最期をともにできなかった無念を切々と語ります。
“ただひとり落ち行きし、うしろめたさの執心……”(ただひとりで落ち延びていった、その後ろめたい未練の心が執心となり……) -
シテ:二十六世観世宗家 観世清和 写真提供:観世宗家 - 『平家物語』のなかで、巴御前と並び人気の高い女人に、義経の愛妾である静御前がいます。「御前」とつくのは、みな遊女です。『平家物語』では、馬に乗って凛々しく戦う姿ばかりが描かれる巴御前ですが、能に現れる巴の亡霊が無念の思いを語る様子は、水干と呼ばれる装束をつけて、烏帽子をかぶり男装して舞を舞う白拍子の姿とどこか重なってみえるようです。
- 風情本位の、とにかく美しい曲『小督(こごう)』
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『平家物語』の巻六、「小督」というごく小さなエピソードに材をとった『小督』という能作品があります。戦とは全く関係のない話で、どこか『源氏物語』を思わせるストーリーです。
平家全盛の頃、平清盛の娘を中宮に迎えている高倉院ですが、こっそりと小督の局を寵愛しています。この設定は、まるで『源氏物語』の弘徽殿の女御と桐壺のようです。
小督にしてみれば、中宮が怖くてなりません。その父親である清盛は、絶対権力者です。自分の娘を苦しめていると知られれば、命を脅かされてもおかしくありません。ひっそりと嵯峨野に隠れ住むことに決めて、院の元を離れます。この辺りは、「夕顔」とよく似ています。
さて、最愛の小督の局を失った高倉院は悲しみに打ちひしがれ、「探してまいれ」と源仲国を遣わします。仲国は、院の御書(御手紙)を携えて、馬に乗って嵯峨野に向かいます。季節は、秋。月の美しい夜でした。 -
シテ:二十六世観世宗家 観世清和 写真提供:観世宗家 -
奥ゆかしい薄幸の美人が、嵯峨野の奥に隠れている。嵯峨野は『源氏物語』では野宮の舞台ですから、観る人は寂しいながらも風情のある情景をイメージします。どこかにはいるが、それがどこかは分からない。名馬にまたがり名月の下で探し回る仲国という武者の姿の美しさがこの曲の眼目です。ドラマツルギーとしては、たいして見どころもない作品ですが、美しい名文でその様子が朗々と語られます。
“嵯峨野の方の秋の空、さこそ心も澄み渡れ……”
小督は琴の名手ですから、これほど美しい月の夜に弾かないはずはありません。仲国は、その音を頼りに探します。
“もしやと思ひ此処彼処 に、駒を駈け寄せ駈け寄せて、控へ控へ聞けども、琴弾く人はなかりけり……”
そして、ようやく法輪寺の辺りで音が聞こえてきました。
“峰の嵐 か松風か……”
この一節は、後に黒田節の一節ともなり、近代には小学校唱歌にも歌われたものでした。聞いているとうっとりするほどの名文、名調子。琴の音に導かれて小督の元を訪れた仲国に、小督は懐しい宮中の面影を重ねます――。
『小督』は、最初から最後までこれ以上はないというくらい美しい文言で書き連ねられた風情第一の曲です。
- 平家物語随一の色男に心を寄せる源氏側の女『千手』
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平清盛の子、重衡は『平家物語』随一の「色好み」として描かれ、闊達な人柄で、琵琶を弾く風流人でもあり、かつ、勇敢な武将でもあるという大変魅力的な人物で、『平家物語』に登場する男性のなかで随一のモテ男です。その重衡が、一の谷の戦いで捕虜になり、鎌倉に護送されたところから、能『千手』は始まります。
重衡には、南都焼討を行い東大寺の大仏や興福寺を焼亡させた過去があり、その罪で斬首される運命です。死を待つ身である重衡のところに、頼朝から命じられて身の回りの世話をしにやって来たのが遊女の千手の前でした。頼朝も、随分粋なことをしたものです。琴を弾き舞を舞う千手、琵琶を弾く重衡。この場面では、千手と重衡が芸尽くしを披露します。ともにひとときを過ごした千手は、源氏側の女人でありながら、いつしか重衡の魅力のとりこになっていました。
一夜明ければ、重衡は奈良に移送され、やがて最期を迎えます。滅んでゆく重衡と、それに同情を寄せて寄り添おうとする千手。
“その時千手立ち寄りて、妻戸をきりりと押し開く、御簾の追風匂ひ来る、花の都人に、恥かしながら見 みえん。げにや東の果 しまで、人の心の奥深き、その情こそ都なれ、花の春紅葉の秋、誰 が思ひ出となりぬらん”(その時千手が立ち寄って、妻戸をきりりと押し開くと、御簾から吹く風にのって袖の香が匂ってくる、風雅な都人に、恥ずかしながらお目にかかりましょう。まことにかかる東の果までも、果てしなく深い心を持つ、その情こそが都人というものでありましょう。都では、花は春、秋は紅葉と楽しむけれど、それが誰の思い出となるでしょうか)
この曲の季節は、春の終わり。重衡が処刑の日を待ちながらつれづれと暮らす部屋の外では雨が音を立てて降っています。戸が開かれて、雨音が響く室内。美しい千手が現れて、「十悪と言えども引摂(いんじょう)す」(十悪の罪人も、仏に導かれ悟りを開く)と謡いながら舞います。千手の献身を通して、重衡の魅力を存分に描いています。 -
シテ:二十六世観世宗家 観世清和 写真提供:観世宗家 -
林さんによる平家物語の現代語訳版。自身が手がけた『謹訳 源氏物語』とは文体を変えて、講談の語る講釈体となづけた文体で訳したという。声にだして読みながら、物語を味わいたい。
『謹訳 平家物語』全四巻 祥伝社
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- 著者プロフィール
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林望(はやし のぞむ)
1949年生。作家・国文学者。慶應義塾大学文学部・同大学博士課程満期退学(国文学)。東横学園女子短大助教授、ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。『イギリスはおいしい』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。『謹訳源氏物語』で毎日出版文化賞特別賞受賞。若い頃から能楽の実技を学び、能作品の解説を多数執筆。声楽実技も学び、バリトン歌手としても各地で活躍。『謹訳平家物語』『謹訳徒然草』『謹訳世阿弥能楽集』など古典の現代訳にも精力的に取り組む。
取材・文/白鳥美子
写真(林さん)/山下みどり