間もなく11月の本選挙を迎えるが、「ハリス対トランプ」は激戦州を含む世論調査の数字をみると、依然として超僅差(razor-thin margins:カミソリのように薄い差)である。接戦の中、競り勝つために分断をあおるような言葉ばかりが目立つ選挙だが、分断の先に党派性を超える何かの共通項はあるのだろうか。
第3回
「現代英語で読み解くアメリカ大統領選2024③」
分断の先はあるのか
更新日:2024/10/30
- 「3つのスローガン」
- トランプの支持集会に行くと必ず掲げてある3つの選挙スローガンがある。
「Too Big to Rig」「Swamp the Vote」、もう一つは「Never Surrender」だ。どれも「2020年の大統領選挙は民主党が不正投票によって盗んだ」という主張に基づいている。
「民主党の不正」に対して、「Too Big to Rig」は「トランプの得票が圧倒的に大きければ、民主党が「不正操作」はできない」。そして「Swamp the Vote」は「圧倒的な票数で勝利する」という意味だ。今年の選挙では「絶対に降伏しない」というのが「Never Surrender」だ。
2020年選挙は公的には「史上最も不正が少なかった選挙である」と結論付けられているものの、トランプは「20年選挙は不正だ」と言い続けた。トランプの敗北を認めない支持者たちが、選挙を確定する2021年1月6日に実力行使で議会を襲撃し、死者を出すような惨事になってしまっている。
少なくとも昨年夏の段階での世論調査でも共和党支持者の約7割が「20年選挙に不正があった」と信じている。選挙を否定する「election denier(選挙否定論者)」という言葉も広がった。「20年選挙には不正があった」という言説は、トランプ支持者にとっては「もう一つの真実(alternative truth)」だ。
議会襲撃を扇動したとして、トランプはその後、司法省に逮捕され、訴追されている(現在は刑事裁判中=on criminal trial=である)。これに対して、トランプ支持者にとってみれば、バイデンや民主党側が、「司法制度の武器化(weaponization of the justice system)」を続けているように映る。
法律(law)を悪用して、武器として戦争(warfare)を起こしている「lawfare」という言葉も、今年の選挙のキーワードの一つだ。「反トランプのlawfare(「anti-Trump lawfare」)は許さない」というのがトランプ支持者たちの合言葉でもある。トランプ側は「バイデンと民主党は2021年の議会襲撃の責任をトランプに不当に押し付けており、司法省を使って、不当に逮捕・訴追している」と主張し続けており、その言葉を信じる支持者に「lawfare」という言葉も定着した。
- 「凶悪な攻撃」から「愛の日」に
- 今となっては驚くことだが、かつて議会に突入した暴徒たちに対して、トランプは現職の大統領として、自制を求め、議会襲撃を「凶悪な攻撃(heinous attack)」と呼んだこともあった。
2021年1月7日の記者会見では次のように語っている。 - 2021年1月7日の記者会見
- America is, and must always be, a nation of law and order. The demonstrators who infiltrated the Capitol have defiled the seat of American democracy. To those who engaged in the acts of violence and destruction, you do not represent our country. And to those who broke the law, you will pay.
(訳)「アメリカは法と秩序の国であり、常にそうでなければならない。議事堂に侵入したデモ隊は、アメリカ民主主義の座を汚した。暴力と破壊行為に手を染めた者たちよ、あなたたちはわが国の代表ではない。そして法を破った者たちには、代償を払ってもらう」。
しかし、ほぼ4年たち、トランプの立場は大きく変わった。トランプは21年の議会襲撃で実刑となった突入者たち全てを「民主主義の英雄、愛国者」として恩赦(pardon)することを選挙公約として掲げている。
また、今年10月には、ヒスパニック系のテレビ局「ウニビジョン」のタウンホールミーティングで、21年1月6日の議会襲撃の対応の遅さについて、市民に尋ねられた際、トランプは次のように語った。
“The vice president, I disagree with him on what he did. I totally disagree with him on what he did. Very importantly, you had hundreds of thousands of people come to Washington. They didn’t come because of me, they came because of the election. They thought the election was a rigged election and that’s why they came. Some of those people went down to the Capitol. I said, ‘peacefully and patriotically,’ nothing done wrong. At all. Nothing done wrong. And action was taken, strong action. Ashli Babbitt was killed, nobody was killed, there were no guns down there, we didn’t have guns. The others had guns, but we didn’t have guns, and when I say ‘we,’ these are people that walked down, this was a tiny percentage of the overall, which nobody sees and nobody shows. But that was a day of love from the standpoint of the millions, it's like hundreds of thousands, it could have been the largest group I've ever spoken before. They asked me to speak, I went, and I spoke. And I used the term peacefully and patriotically."
(訳)「ペンス副大統領がしたことについては、私は反対だ。彼のしたことについては、まったく同意できない。非常に重要なのは、何十万人もの人々がワシントンに集まったということだ。彼らは私のために来たのではなく、選挙のために来たのだ。彼らは選挙が不正選挙だと思ったから来たんだ。そのうちの何人かは国会議事堂に行った。私は『平和的に、愛国的に』と言っただけで、何も悪いことはしていない。まったく。何も間違っていない。そして行動を起こした。アシュリ・バビットは殺されたが、(他の)誰も殺されなかった。他の人たちは銃を持っていたけれど、私たちは銃を持っていなかった。『私たち』と言ったのは、歩いてきた人たちのことで、これは全体のごく一部で、誰も見ていないし、誰も見せていない。しかし、何百万人、何十万人という人々から見れば、それは愛の日であり、私がこれまでに話した中で最大のグループだったかもしれない。彼らは私に話すように頼み、私は行き、そして話した。そして、私は平和的かつ愛国的にという言葉を使った」 -
ユニビジョンのタウンホールミーティングの様子 - ペンス副大統領は2021年1月6日に大統領選挙の結果を確定する議会の議事進行者だった。アシュリ・バビット(Ashli Babbitt)とは議会を襲撃した中で警官に射殺された女性であり、トランプの集会では殉教者(martyr)のように英雄視されている。
問題となったのが、議会襲撃の2021年1月6日をトランプが「愛の日(day of love)」と表現したことだ。「平和的に愛国的に襲撃に行った」というのがトランプの言い分だが、この襲撃の日を「愛の日」と呼ぶ感覚はさすがにひどいのではないかという批判が出ている。ただ、この批判もトランプ支持者には響いていない。
- 「内なる敵」
- このように今年の大統領選挙は最後の最後までポピュリスト的な言説が飛び交っている。この「愛の日」とともに、選挙戦終盤で多くの人が首をかしげたのがトランプの「内なる敵(enemy from within)」といった内戦を想起させる言葉だった。
報道番組で、トランプは選挙当日、「内なる敵」と呼ばれる存在に対処するために軍を使うことを示唆し、自身の支持者や外国勢力による混乱ではなく、「急進左翼の狂った人々(radical left lunatics)」による混乱を心配していると述べた。
“I think the bigger problem are the people from within. We have some very bad people. We have some sick people. Radical left lunatics. I think it should be very easily handled by, if necessary, by National Guard, or if really necessary, by the military, because they can’t let that happen” (中略)
“I think the bigger problem is the enemy from within, not even the people that have come in and destroying our country, by the way, totally destroying our country, the towns, the villages, they’re being inundated.”
(訳)「もっと大きな問題は、内部の人間だと思う。非常に悪い人たちがいる。病人もいる。急進的な左翼の狂人たちだ。 必要であれば州兵が、本当に必要であれば軍隊が、非常に簡単に対処できるはずだ」(中略)「もっと大きな問題は内部からの敵だと思う。国土を破壊して入ってきた人たちでもない」「より大きな問題は内部から来た敵だと思う。国、町、村を完全に破壊し、勢力を拡大している」
- 少ない「共通項」の中で
- このように分断以外で共通項となりそうな言葉はなかなか見当たらないのが現状だ。ただ、あえて大統領選挙の全体の議論の中で探していけば、党派を超えた「共通項」といったような部分もいくつか見られた。経済の安定、雇用創出、インフラ整備の重要性といった問題は、超党派の支持を得ている。また、医療費負担や医療アクセスに関する懸念は、両党の候補者が頻繁に言及している。
その中で、「ミドル・アメリカ(middle America)」という言葉が党派を超えて肯定的な意味で使われたのが今回の選挙だった。中西部州(Midwestern States)は伝統的に保守的な価値観を持つ都市部と農村部の両方を含む最も典型的なアメリカという意味である。エリートから見過ごされていると感じている有権者にアピールするために、「ミドル・アメリカ」を引き合いに出すのは選挙戦を戦う上でも重要だった。
副大統領副候補の共和党のバンスはオハイオ州出身、民主党のウォルツはネブラスカ州出身といずれも中西部州出身者であり、自らが「アメリカの真ん中」の存在であると主張した。
10月はじめの副大統領討論会で「真ん中」「典型的」な人々を支援する「ミドルクラス(中間層)」の政策を両候補ともに強調した。 -
副大統領討論会 -
例えば、ウォルツからは中間層をめぐっての次のような政策への言及があった。
Kamala Harris and I do believe in the middle class because that's where we come from. We both grew up in that. We understand. So those of you out there listening tonight, you're hearing a lot of stuff back and forth. And it's good. It's healthy. That's what this is supposed to happen. (中略)The bold forward plan that Kamala Harris put out there is, one, is talking about this housing issue. The one thing is there's 3 million new houses proposed under this plan with down payment assistance on the front end. To get you in a house. A house is much more than just an asset to be traded somewhere. It's foundational to where you're at. And then making sure that the things you buy every day, whether they be prescription drugs or other things, that there's fairness in that. Look, the $35 insulin is a good thing, but it costs $5 to make insulin. They were charging $800 before this law went into effect. As far as the housing goes, I've seen it in Minnesota, 12% more houses in Minneapolis, prices went down on rent, 4%. It's working. And then making sure tax cuts go to the middle class, $6,000 child tax credit. We have one in Minnesota, reduces childhood poverty by a third. We save money in the long run and we do the right thing for families and then getting businesses off the ground. The law, as it stands right now, is $5,000 tax credit for small business, increasing that to $50,000. Now, this is a philosophical difference between us. Donald Trump made a promise, and I'll give you this. He kept it. He took folks to Mar-a-Lago. He said, "You're rich as hell. I'm going to give you a tax cut." He gave the tax cuts that predominantly went to the top caste. What happened there was an $8 trillion increase in the national debt, the largest ever. Now he's proposing a 20% consumption or sales tax on everything we bring in.
(訳)カマラ・ハリスと私は中間層を信じている。なぜなら、それが私たちの出身であるからだ。私たち2人はそのような環境で育った。私たちは中間層のことを理解している。今夜お聞きの皆さんは、(中間層についての政策について)いろいろなことを聞いていることでしょう。それはいいことだ。健全だ。これこそあるべき姿だ。(中略)カマラ・ハリスが打ち出した大胆な計画では、ひとつはこの住宅問題について言及している。ひとつは、この計画のもとで300万戸の新築住宅が提案され、その前段階として頭金の援助が行われる。住宅に入居してもらうためだ。住宅は、どこかで取引されるだけの資産ではない。あなたが今いる場所の基盤となるものです。さらに、処方薬であれ他のものであれ、毎日買うもの(の価格)が公平となるように保証する。インスリン注射の価格を35ドルに抑えたのはいいことだ。そもそもインスリンを作るには5ドルしかかからない。この法律が施行される前は800ドルもした。住宅(支援)に関しては、私は(自分が知事である)ミネソタ州で経験してきた。ミネアポリスでは住宅が12%増え、家賃は4%下がり、うまくいっている。ハリスの案では減税が中間層に行き渡るように、6,000ドルの子ども税額控除を設けている。同じような政策でミネソタ州では、子どもの貧困が3分の1減りつつある。長い目で見ればお金の節約になるし、家族のために正しいことをし、ビジネスを軌道に乗せることができる。現在の法律では、中小企業に対する税額控除は5,000ドルだが、ハリス案ではこれを50,000ドルに引き上げる。トランプ側と私たちの哲学の違いがここにある。ドナルド・トランプは約束をし、実現したように、彼はお金持ちの支持者を自宅のマール・ア・ラーゴに連れて行き、「お前たちの減税を実現する」と言った。彼は、主に超富裕層に減税を行った。その結果、国家債務は8兆ドル増加し、過去最大となった。今、トランプはさらに20%の消費増税を提案している。
これに対し、バンスは次のように中間層について言及し、ウォルツに反論した。
Well, first of all, you're going to hear a lot from Tim Walz this evening, and you just heard it in the answer, a lot of what Kamala Harris proposes to do. And some of it, I'll be honest with you, it even sounds pretty good. Here's what you won't hear, is that Kamala Harris has already done it. Because she's been the Vice President for three and a half years, she had the opportunity to enact all of these great policies. And what she's actually done instead is drive the cost of food higher by 25%, drive the cost of housing higher by about 60%, open the American southern border and make middle class life unaffordable for a large number of Americans. If Kamala Harris has such great plans for how to address middle class problems, then she ought to do them now, not when asking for a promotion, but in the job the American people gave her three and a half years ago. And the fact that she isn't, tells you a lot about how much you can trust her actual plans. Now, Donald Trump's economic plan is not just a plan, but it's also a record. A lot of those same economists attack Donald Trump's plans, and they have PhDs, but they don't have common sense and they don't have wisdom, because Donald Trump's economic policies delivered the highest take home pay in a generation in this country, 1.5% inflation, and to boot, peace and security all over the world. So when people say that Donald Trump's economic plan doesn't make sense, I say "Look at the record he delivered: rising take home pay for American workers." Now, Tim admirably admits that they want to undo the Trump tax cuts. But if you look at what was so different about Donald Trump's tax cuts, even from previous Republican tax cut plans, is that a lot of those resources went to giving more take home pay to middle class and working class Americans. It was passed in 2017, and you saw an American economic boom unlike we've seen in a generation in this country. That is a record that I'm proud to run on and we're going to get back to that common sense wisdom so that you can afford to live the American Dream again. I know a lot of you are struggling. I know a lot of you are worried about paying the bills. It's going to stop when Donald Trump brings back common sense to this country.
今晩、ティム・ウォルツから多くのことを聞くことになるが、カマラ・ハリスが提案していることの多くは、今、答弁で聞いたとおりだ。そしてそのいくつかは、正直に言うと、かなり良いようにさえ聞こえる。しかしここで、「ハリスはすでにその政策を実際に行った」ということを、皆さんは耳にすることはないだろう。ハリスは3年半も副大統領を務め、素晴らしい政策を実現する機会を持っていた。しかし、彼女が実際にやったことは、食費を25%高くし、住宅費を約60%高くし、アメリカの南部国境を開けて、多くのアメリカ人にとって中間層の生活は手の届かないものになってしまった。もしハリスが中間層の問題に対処するための素晴らしい計画を持っているのなら、宣伝するのではなく、3年半前にアメリカ国民が彼女に与えた副大統領という仕事で、今それを実行すべきだ。そうでないという事実は、彼女の実際の政策がどれだけ信用できるものなのかを物語っている。ドナルド・トランプの経済計画は単なる計画ではなく、実績もある。経済学者の多くがトランプの計画を攻撃し、彼らは博士号は持っているが、常識も知恵も持ち合わせていない。トランプの経済政策は、この国でこの世代で最も高い手取り賃金、1.5%のインフレ率、そして世界中の平和と安全をもたらしたからだ。「トランプの経済政策は理にかなっていない」と言われたら、私は「実績を見てください」と言いたい。ティムはトランプ減税を元に戻したいと強く主張した。しかし、ドナルド・トランプの減税について、以前の共和党の減税案と何が大きく異なっていたかを見てみると、その財源の多くは、中間層や労働者階級のアメリカ人に、より多くの手取り賃金を与えるために使われたのだ。トランプ減税は2017年に可決され、この国では過去何世代にもわたって見たことのないようなアメリカ経済の好景気を目の当たりにした。これは、私が誇りにしている実績であり、皆さんが再びアメリカン・ドリームを生きる余裕を持てるよう、私たちはその常識を取り戻すつもりだ。皆さんの多くが苦境にあることは承知している。請求書の支払いに頭を悩ませている人も多いだろう。ドナルド・トランプがこの国に常識を取り戻せば、それもなくなるだろう。
このように同じ中間層を議論していても、その語り口や、中間層に対する支援も「補助」と「減税」という全く異なる方向性の政策のアプローチが提案されている。実際にどちらが中間層支援のための効果的な解決策になるかどうか。大統領選挙後に答えが分かってくるのだろう。
ただ、それでも「共通項」のようなものが見える部分は、今後の分断の向こう側のアメリカ政治を占う意味でも興味深い。
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- 著者プロフィール
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前嶋和弘(まえしま かずひろ)
静岡県生まれ。上智大学総合グローバル学部教授。アメリカ学会前会長。グローバルガバナンス学会副会長。「ニュースで学ぶ現代英語」(NHKラジオ)講師。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022)、『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan (co-edited, Palgrave, 2017)など。