現代英語で読み解くアメリカ大統領選2024 前嶋和弘

第2回

「現代英語で読み解くアメリカ大統領選2024②」
移民に対する誤情報、陰謀論をめぐって

更新日:2024/10/16

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2024年大統領選挙も終盤となるにつれ、ハリス、トランプ両陣営の舌戦はますます激しくなっている。その中で、今年の選挙を象徴するのが、数々の意図的な誤情報の流布や、陰謀論的な言説だろう。中でも共和党側が意図的に広めている移民をめぐる陰謀論的な言説にはかなりひどいものもある。

移民をめぐる陰謀論の背景
 まず、そもそも誤情報(misinformation)やそれに基づく陰謀論(conspiracy theories)がなぜ、飛び交うのか。近年の大統領選挙において、陰謀論的な話が頻出しているのは偶然ではない。
 というのもいまのアメリカが未曾有の「分断+拮抗」にあることと大きく関連する。
 今年の大統領選挙を振り返ってみると、大接戦(A head-to-head race, tight battle)であることが最大の特徴だ。最初はバイデンとトランプという4年前の2020年の大統領選挙と同じ顔ぶれだった。4年前には、バイデンは常に約5~10ポイントはトランプに対してリードしていたのに対して、トランプがバイデンを世論調査で上回った局面は何度かあったがせいぜい3ポイント程度だった。日本ではかなり誤解が広がっていたが、「ほぼトラ」「確トラ」とされるトランプが優位だった状況はほんの一瞬もなく、その差は極めて小さかった。バイデンからハリスへの禅譲後もトランプとハリスの支持率は極めて拮抗している。
 拮抗している分、自分の政治的意見と異なる相手側に対する不信感は強くなる。「自分のSNSでは自分が推す候補はこんなに支持されているのに、なぜあいつの方がリードしているのか」「世論調査の結果はおかしい。報道も歪んでいる」とメディアに対する不信感は高まる。「もう一つの事実(alternative truth)」として陰謀論的な説明を求める傾向がどうしても生まれてしまう。
 さらに、追い打ちをかけるのが、現在のアメリカが未曾有の分断(政治的分極化:political polarization)の中にいることだ。政治的分極化のため、各陣営はこれまで以上により偏った視点で現状を説明した方が、支持層の「心に刺さる」ことになる。
 このように陰謀論や誤情報は、恐れ、怒り、フラストレーションといった負の感情に支えられている。
 2022年時点で米国に居住する不法移民は約1100万人と推計される。昨年末には30万人近い人々が隣国メキシコを経由し、中南米諸国から流入している。米墨国境に接する南部の諸州は共和党が強い地域でもある。最低賃金が適用されない低コストの労働力として、移民は事実上米国経済に組み込まれており、低賃金の職場であるほどアメリカ全体の労働者の賃金上昇を抑える副作用が生じやすい。移民に対する感情的な反発から生まれる排外主義(nativism)や 外国人嫌悪(xenophobia)を刺激すれば、共和党側は支持層固めにつながる。残念な事実だが、それが移民をめぐる誤情報や陰謀論の背景にある。
「移民がペットを食べる」
 移民についての今年の選挙での誤情報、陰謀論として最も有名になったのが、9月10日のトランプとハリスの大統領討論会でトランプの「オハイオ州スプリングフィールドでは移民が犬や猫を食べている」という趣旨の次の言葉だろう。

 And look at what's happening to the towns all over the United States. (略) A lot of towns don't want to talk about it because they're so embarrassed by it. In Springfield, they're eating the dogs. The people that came in. They're eating the cats. They're eating -- they're eating the pets of the people that live there. And this is what's happening in our country. And it's a shame. As far as rallies are concerned, as far -- the reason they go is they like what I say. They want to bring our country back. They want to make America great again. It's a very simple phrase. Make America great again. She's destroying this country. And if she becomes president, this country doesn't have a chance of success. Not only success. We'll end up being Venezuela on steroids.

(訳)アメリカ中の町がどうなっているか見てみよう。多くの町はこの問題について話したがらないがスプリングフィールドでは、彼ら(不法移民)は犬を食べている。入ってきた人たちが、猫を食べている。彼らはそこに住む人々のペットを食べている。これが私たちの国で起きていることだ。残念なことだ。集会に関して言えば、彼らが集会に行く理由は、私の言うことが好きだからだ。彼らは私たちの国を取り戻したいと思っている。アメリカを再び偉大な国にしたいのだ。とてもシンプルな言葉だ。アメリカを再び偉大にする。彼女(ハリス)はこの国を破壊している。彼女が大統領になれば、この国に成功のチャンスはない。成功のチャンスがなくなるだけでなく、劣化版ベネズエラのようなひどい状況になってしまう。

2024年9月10日に行われたテレビ討論会におけるハリス・トランプ両大統領候補
ⒸZUMAPRESS.com/amanaimages
 ここの「Venezuela on steroid」は「ステロイドを与えたベネズエラ」というのが原意であり、「経済破綻状況が続くベネズエラをステロイドで強化した」という意味となる。

 トランプ発言の「移民がペットを食べる」というのはオハイオ州当局が既に否定しており討論会のモデレーターも全くの虚偽主張であることを指摘した。ハリスも一笑に付した。そのため、「トランプの失言である」という見方もあった。
 ただ、そもそも陰謀論的な情報を意図的に流しているというのが実態だ。
「移民がペットを食べる」という話はアメリカで合法的に働いているハイチ系移民に対する排外主義的・人種差別的な発言を繰り返し、共有しているフェイスブックのグループから生まれたとされている。その話を討論会の2日前に共和党副大統領候補であるバンス上院議員がSNSを通じ「(ハイチ系)移民が隣人のペットを拉致して食べた」と次のように発信し、拡散させていった。
 Months ago, I raised the issue of Haitian illegal immigrants draining social services and generally causing chaos all over Springfield, Ohio.
 Reports now show that people have had their pets abducted and eaten by people who shouldn't be in this country. Where is our border czar?


(訳)数カ月前、私はハイチからの不法移民が社会サービスを流出させ、オハイオ州スプリングフィールドのあちこちで混乱を引き起こしている問題を提起した。
 現在、この国にいるべきでない人々によってペットが誘拐され、食べられているという報告がある。国境警備対策責任官はどこにいるのか?

 バンスのポストの中の最後のborder czarという言葉についてもふれておきたい。「ツアーリ(czar)」はとは元々ロシアの「皇帝(ツアーリ)」を指すロシア語だが、「強い権限を与えられた政府の責任者」の意味でアメリカでは近年使われている。border czarとは「国境警備対策責任官」となる。ただ、このような役職は現在、存在しない。バイデン大統領が2021年の就任直後にハリス対して、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスからアメリカに入国してくる移民の対応を検討するように伝えたが、そもそもハリスに国境政策を指揮するような正式な役職が与えられたわけではない。移民が増えていることに対し、共和党側が「ハリスのせいだ」と批判するための誇張表現である。共和党の側が頻繁にハリスを揶揄する言葉として使っているものだ。

「ペットを食べる」に話を戻すと、他の共和党議員も同様の発信を繰り返しているほか、今年の選挙ではトランプ支持に大きく舵を切っているXのオーナーであるイーロン・マスクも猫やアヒルのAI合成の絵をポストし、「助けよう!」という言葉を添えて、Xにポストをした。猫やアヒルは「移民が食べるペット」であるとマスクが意図したのはいうまでもない。
 このポストが代表的だが、今年の選挙でトランプを支援するために。マスクはAIを使った怪しげな画像や動画を次々に投稿し続けている。どれも単純な顔の入れ替えなどの簡単な編集ツールを使ったAIコンテンツであり、「チープフェイク(cheap fakes。安っぽい偽画像・映像)」と呼ばれるものばかりだ。「チープフェイク」という言葉も今年の選挙を代表するキーワードである。
 いずれにしろ、一連の「不法移民はペットを食べる」は共和党側の意図的な発信である。ただ、この発言についても。移民に否定的な感情を抱く、トランプの応援団からすれば“真実”と映る。すでに拡散されている事実として映り、トランプの支持を下げることにはつながらない。
さらに頻発する差別的な表現
 今年の選挙でトランプが頻繁に使っている移民に対してかなり差別的な表現が2つある。
 一つは「移民はアメリカの血を汚す (“poisoning the blood”)」という表現である。昨年12月末に自身のSNSであるTruth Socialのアカウントに次のように投稿した。
 Illegal immigration is poisoning the blood of our nation. They’re coming from prisons, from mental institutions — from all over the world. Without borders and fair elections, you don’t have a country. Make America Great Again!

(訳)不法移民はわが国の血を汚している。彼らは刑務所や精神科病院からやってくる。国境と公正な選挙がなければ、国は成り立たない。アメリカを再び偉大な国に!

 排外主義の極みともいえる何とも言えない表現だ。この 「血を汚す」という言葉は、ヒトラーがそのマニフェスト『我が闘争』の中で使っているものと同じ発想だ。

 今年の選挙で移民に対してトランプが頻繁に使うもう一つの誇張表現は「ハンニバル・レクター(Hannibal Lecter)が現れる」というものだ。レクターは1991年公開の映画『羊たちの沈黙(Silence of the Lambs)』に登場する、アンソニー・ホプキンスが演じる食人殺人鬼である。トランプは集会での演説でこの架空の人物に言及し、外国人が架空のレクターと同じように病院を脱走し、米国に不法入国していると主張している。

 7月19日の共和党全国委員会での党候補指名演説でもレクターに言及した。

 The greatest invasion in history is taking place right here in our country. They are coming in from every corner of the earth, not just from South America, but from Africa, Asia, Middle East. They’re coming from everywhere. They’re coming at levels that we’ve never seen before. It is an invasion indeed, and this administration does absolutely nothing to stop them. They’re coming from prisons. They’re coming from jails. They’re coming from mental institutions and insane asylums. I, you know the press is always on because I say this. Has anyone seen “The Silence of the Lambs”? The late, great Hannibal Lecter. He’d love to have you for dinner. That’s insane asylums. They’re emptying out their insane asylums. And terrorists at numbers that we’ve never seen before. Bad things are going to happen.

(訳)歴史上最大の侵略が、ここ我が国で起こっている。やつらは南米だけでなく、アフリカ、アジア、中東など、地球のあらゆるところからやってくる。あらゆるところから来ている。これまでに見たことのないレベルで押し寄せてきている。まさに侵略であり、現政権はそれを止めようとはまったくしていない。やつらは刑務所からやってくる。精神科病院からも隔離病棟からもやってくる。私がこう言うから、マスコミはいつも注目している。『羊たちの沈黙』を観た人はいるか? 今は亡き、偉大なハンニバル・レクター。彼はあなたを夕食に招待したがっている。それは精神科病院だ。だが、やつらはその隔離病棟を空にしている。そして、これまでにない数のテロリストが押し寄せている。悪いことが起こるはずだ。

 アメリカは移民の国であり、移民流入が常に経済発展の基盤となっている。一方で急激な移民流入を警戒する声があるのは確かだが、「ペットを食べる移民」「血を汚す」などの移民をめぐる言葉は、既にアメリカの中では「もう一つの事実」として定着しつつある。
 トランプが2016年の選挙で広めた陰謀論的言説の代表格が「ディープステート(deepstate)」だ。国家の中にあるもう一つの闇の組織という意味だが、根も葉もないこの戯言は既にアメリカだけでなく、日本を含む世界にも流布している。
「ディープステート」と同じように、移民に対する汚い排外主義的な言葉がアメリカを超えて、世界に広がっていくかもしれない。

著者プロフィール

前嶋和弘(まえしま かずひろ)

静岡県生まれ。上智大学総合グローバル学部教授。アメリカ学会前会長。グローバルガバナンス学会副会長。「ニュースで学ぶ現代英語」(NHKラジオ)講師。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022)、『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan (co-edited, Palgrave, 2017)など。

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