現代英語で読み解くアメリカ大統領選2024 前嶋和弘

第1回

「現代英語で読み解くアメリカ大統領選2024①」
注目キーワード「自由」をめぐる共和党大会・民主党大会での違い

更新日:2024/09/25

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

毎回のアメリカの大統領選挙はアメリカのその時代を表す言葉に埋め尽くされている。つまり、その言葉を知ればアメリカを知ることができる。11月の投開票まであと2か月を割り、今年も既に語り継がれる言葉が生まれている。

これから3回に分けて、今年のアメリカ大統領選を特徴づける英語表現やキーワードを紹介したい。

オリンピックを挟んで7月下旬、8月中旬、にそれぞれ開かれた共和党大会、民主党大会はそれぞれの政党の正副大統領を正式指名するとともに、今後4年間の政党の方針である党綱領を採択する場だ。

そのため、両大会では、「アメリカ(America)」、「国家(country)」、「国民、人々(people)」、「投票(vote)」など、いかにも大統領選挙で一般的に使われる言葉があふれていた。

党大会で頻出した言葉に注目すると両党の違いが鮮明になる
 ただ、ここまでは同じでも、両党で大きく差が出た言葉も少なくない。


 例えば、カマラ・ハリスが大統領候補に指名されたこともあり、民主党大会の演説者は「女性(woman)」という言葉を頻繁に使った。一方、ちょうどドナルド・トランプが銃撃された直後だったため、共和党大会での登壇者は口々に「暗殺(assassination)」という言葉が頻繁に出たが、民主党大会では登壇者が狙撃事件へ言及することは全くなかった。


 さらに政策をめぐる言葉も大きく異なった。共和党大会の演説者は、民主党側を叩くための政策である「インフレ(inflation)」「不法移民(illegal immigration)」に頻繁に言及した。さらに、共和党の最大の支持母体であるキリスト教福音派向けに「神(God)」という言葉も頻繁に演説でふれられた。

共和党大会でのトランプ大統領候補とヴァンス副大統領候補
©ZUMAPRESS.com/amanaimages
 一方、民主党側の登壇者が数多く使ったのが、話題になっている「奇妙な、おかしい(weird)」といった形容詞だ。これは副大統領候補のティム・ウォルツが、トランプや共和党の副大統領候補J・D・バンスを指すときに使った言葉だ。ウォルツはミネソタ州知事で、ネブラスカ州出身と根っからの中西部の人物だ。中西部は穏健な中道派、さらにいえば平均的なタイプの人が住んでいることで知られている。トランプのような風変わりで荒唐無稽な発言を行ったり、バンスのような極端に攻撃的な人物は、中西部の基準からすれば、理解不能で「おかしい」奴らということになる。ウォルツがSNSでバンスを形容する際に「weird」を連発し、「いかにもそうだ」と民主党支持者の間でネットから火が付いた。この「weird」という共和党側をからかう言葉とともにウォルツの全米での認知度が高まったため、副大統領候補になった大きな要因の一つがこの言葉と言っても過言ではない。

民主党大会で登壇するウォルツ副大統領候補
©ZUMAPRESS.com/amanaimages
「自由(freedom)」をめぐる「民主党の逆襲」
 さらに特筆すべきなのが、「自由(freedom)」という言葉の違いだ。

 共和党側は「独裁からの自由」「小さな政府」という意味でこの言葉を使う登壇者が多かったが、民主党の方は「女性の選択の自由」、つまり妊娠中絶という選択肢を選ぶ自由を女性側に残す「プロチョイス(pro-choice)」を意味することが多かった。「プロ」は賛成の意味であり、「女性の選択の自由に賛成」というのが「プロチョイス」だ(これに対して、中絶反対については「命の大切さを守ることに賛成」という意味から「プロライフ(pro-life)」と呼ばれる)。

 ニューヨークタイムズのジョナサン・コラム記者の分析によると(2024年8月23日)民主党大会の演説者は、「自由」について227回言及したのに対し、共和党大会では67回だった。

 民主党側にとって、なぜこの言葉が重要だったのか。それは司法の判断で、それまで女性に与えられていた中絶の権限を州政府が持つことになったためだ。

 1973年の「ロウ対ウェード判決」から全米で認められていた妊娠中絶が2022年6月の最高裁の「ダブス判決」で覆された。49年ぶりに覆ったのは、いうまでもなくトランプ政権で最高裁の保守とリベラルの判事のバランスが6対3と一気に変わったことによる。中絶禁止は福音派にとってはまさに悲願であり、3人の保守判事を任命したトランプはそれを達成した英雄的な存在である。司法判断後、既にフロリダ州では、妊娠6週より後の中絶を禁じる州法が発効している。これはレイプや近親相姦による妊娠にも例外を認めないというものである。

 11月の大統領選挙にあわせ、中絶の是非を問う住民投票を実施する州も数多い。民主党側にとっては、選挙の最大の争点として「女性の権利を奪ったのはトランプ。さらなる自由が奪われるのは許せない」として人工妊娠中絶の権利擁護を位置付けたいという狙いがある。

 民主党がこのタイミングで「自由」という言葉を使ったのは大きな転換だ。なぜなら民主党側の通常の政策ベクトルは規制強化も含む政府の強いリーダーシップで社会改革を行うことが多いためだ。政府の行う強制性の強さから共和党側から「大きな政府だ」と批判されることもある。

 今回、意図的に「自由」という言葉を用いたのは、むしろ、「大きな政府」は共和党であり、「いつもなら『自由』を唱える方が実は『自由』を奪っている」という民主党側からの強いカウンターパンチである。
ハリスの言葉から—―民主党側の「自由」をめぐる攻勢
 民主党側が共和党側の行き過ぎを「自由」という言葉で非難したのは、「女性の選択の自由」だけでない。

 今回の民主党大会の様々な演説のトリをとったハリスは、この「自由」という言葉を演説で12回使っている。それが集中するのは次の下りである。

 And when Congress passes a bill to restore reproductive freedom, as president of the United States, I will proudly sign it into law. In this election, many other fundamental freedoms are at stake. The freedom to live safe from gun violence in our schools, communities and places of worship. The freedom to love who you love openly and with pride. The freedom to breathe clean air, and drink clean water and live free from the pollution that fuels the climate crisis. And the freedom that unlocks all the others: the freedom to vote. With this election, we finally have the opportunity to pass the John Lewis Voting Rights Act and the Freedom to Vote Act.

(訳)そして、議会が生殖の自由を回復する法案を可決した際には、合衆国大統領として、私は誇りを持ってその法案に署名する。今回の選挙では、他にも多くの基本的自由が危機に瀕している。学校、地域社会、礼拝所で銃による暴力から安全に暮らす自由。愛する人を堂々と、誇りを持って愛する自由。きれいな空気を吸い、きれいな水を飲み、気候危機を悪化させる汚染から解放されて生きる自由。そして、他のすべてから解き放つ自由である投票の自由である。今回の選挙で、私たちはついにジョン・ルイス投票権法と投票自由法を可決する機会を得たのだ。

民主党大会で登壇するハリス大統領候補
©ZUMAPRESS.com/amanaimages
 公民権運動時の1964年投票法が最高裁の保守化で無力化する中、ジョン・ルイス投票権法と投票自由法はいずれも投票時に人種などの差で差別的な待遇が行われないことを徹底するために作られた法案だが、共和党側の反対でまだ成立していない。ジョン・ルイスはキング牧師らと共同して戦った公民権運動のリーダーであり、下院議員としても長年活躍し、2020年に亡くなっている。

「女性の選択の自由」「投票の自由」に加え、「銃による暴力からの自由」「性的マイノリティが愛する人を堂々と、誇りを持って愛することができる自由」「環境汚染、気候変動からからの自由」など民主党側が掲げる中心政策を「自由」という言葉でまとめている。

 今回の民主党大会の最も重要な主張であり、「トランプや共和党は自由を奪う」と訴えている。
freedomとliberty
 ところで、同じ「自由」にはfreedomとともに、libertyという言葉がある。語源などの体系的な説明は省いて、筆者の言葉でできるだけ分かりやすくいえば、libertyの方は、「自由が与えられている政治状況や体制」を示すことが多い。「Give me liberty or give me death(「自由でなければ死を」」というアメリカ独立戦争時のバージニア州代表のパトリック・ヘンリーが行った演説の締めくくりの言葉はlibertyを明示的に説明している。

 一方で、freedomの方は「選択する能力として自由が与えられていること」という意味だ。上記のハリスが主張した様々なfreedomのほか、「表現の自由(freedom of speech, freedom of expression)」などが分かりやすい例だろう。

 ただ、例えば「freedomが与えられている状況のことを「リベラル(liberal)」という言葉が示しているようにこの2つの共通性は多い。
アメリカの政治の文脈からみたliberty
 さらにlibertyについてアメリカ政治の文脈から説明したい。イギリスの国王から独立したため、建国時代から個人を抑圧しないという意味での「自由主義(liberalism)」はアメリカ人の世界観・政治観の根本にある。自助の精神に基づき「政府は原則として個人の生活に干渉すべきではない」という政治文化が根強い。この自由主義への希求こそ、アメリカ国民のDNAに深く刻み込まれている。

 歴史的にみると、アメリカでは固定した階級社会がなく、経済の体質として慢性的に労働不足であり、アメリカ人の世界観・政治観には、「自由主義対社会主義」のような政治体制をめぐる政治思想の対立はほとんどない。

 一方で、「自由」という概念は第二次大戦以降の「福祉国家」化の中で、大きく変化した。不平等や格差があるのは「自由」ではないという見方が増え、これを政府のリーダーシップで平等な社会に変革すべきという立場の考え方が台頭していく。これがいま一般的に使われている「リベラル(liberal)」の概念であり、平等主義的な改革思想が現代のリベラルである。「リベラル」とは「自由主義」というよりも「平等主義」である。

 さらに1980年代から台頭しているのが、政府による社会改革の行き過ぎとその反発から、政府が押し付ける「リベラル」政策を拒否し、「小さな政府」に戻ろうというもう一つの「自由」である「リバタリアニズム(自由放任主義、libertarianism)」だ。レーガン政権の時代から現在に至る共和党側の主要な経済政策である減税と規制緩和を核とした「小さな政府」志向がこれにあたる。政府のリーダーシップで平等な社会に変革すべきという「リベラル」の立場を「大きな政府だ」と揶揄するのが、「リバタリアニズム」だ。

「リバタリアニズム」は欧州や日本でいう「新自由主義」(ネオリベラリズム、neo-liberalism)とほぼ同義である。「新自由主義」という言葉には欧州や日本では否定的な意味が伴うことも多いが、アメリカでは決してそうとは限らない。なぜなら、連邦政府が経済活動に積極的にかかわることを好ましく思わないリバタリアン的な方向性は政府の干渉に否定的な自由主義の原点に立ち戻った考え方でもあるためだ。一方で民主党の一部の「リベラル」派からは「リバタリアニズム」は格差拡大をもたらすとして否定的な声も少なくない。

 同じlibertyという言葉も時代とともに付与される政治的な理念が変わってきた。それが今回の共和党大会・民主党大会での両党の政治的な立ち位置の違いにも象徴されているのは言うまでもない。

著者プロフィール

前嶋和弘(まえしま かずひろ)

静岡県生まれ。上智大学総合グローバル学部教授。アメリカ学会前会長。グローバルガバナンス学会副会長。「ニュースで学ぶ現代英語」(NHKラジオ)講師。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022)、『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan (co-edited, Palgrave, 2017)など。

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.