EKIBEN――食べられる曼荼羅

乗る前に食べるか、降りてから食べるか──道中、きっとお腹が空いて後悔するに違いない、でも、旅の一食をありきたりの物で済ませたくはない。駅弁は、旅人の悩みを首尾よく解決してくれる。それどころか、移動時間そのものを、貴重な旅の一場面として彩ってくれるのだ。発着駅には今、実に多種多様な駅弁の数々が並び、老若男女、洋の東西を問わぬ旅行客を魅了する。その起源はどこにあるのか。日本文化はなぜ、斯様に秀逸なアイディアを生み出すことができたのか。歴史を紐解けば、そこには日本人の世界観、思想が幾重にも隠されていた……。
駅弁の「思想」を解き明かす新たな人類学を中沢新一が綴る。

第3回

野趣あふれる特殊弁当

更新日:2026/04/28

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 「普通弁当」である幕の内弁当とは別に、駅弁には「特殊弁当」と呼ばれるものがある。米のご飯の上や脇に、各地方の特産品の調理を添えて、折り詰めにした弁当である。駅弁というものが現れた頃は、幕の内弁当が主流であったが、しばらくしてこの特殊弁当なるものが登場し、いまではむしろこちらのほうが駅弁の代名詞となっている。特殊弁当には幕内弁当にはない、変わった味覚、地方色あふれる美意識、独特の力強さなどが詰めこまれている。
 現在では東京駅の構内にできた駅弁特売店や、デパートなどが毎年開いている駅弁祭りなどにいけば、全国から取り寄せられたこの特殊弁当の数々を、その場で買い求めることもできる。しかし、もともとは、特殊弁当を手に入れるためには、人はじっさいに列車に乗り込んで、お目当ての弁当を売っている地方駅まででかけて、ホームに降りて買い求めなければならなかった。
 つまり、ほんものの旅人だけが、特殊弁当に出会うことができたのである。蒸気機関車の時代、列車は給水のために長い時間の停車を余儀なくされた。険しい峠を越えるためのアプト式の電気機関車に切り替えるためにも長い停車をした。その停車時間を利用して、乗客がホームに降りて、立ち売りやスタンドの駅弁を買い込むことができた。そういう地方駅で、駅の近辺の弁当屋や仕出し屋が腕を競って、名物となるような特殊弁当を開発した。
 特殊弁当の開発にあたっては、多くの感動的な秘話が語られている。明治二十年代に、静岡が大火に見舞われた。弁当屋に見舞いの甘鯛が届けられたが、身が柔らかすぎて弁当にできなかった。そこで煮崩れた鯛をそぼろにして、子供に振る舞ったところ大喜び。この様子を見た店主、よし、これで駅弁をつくってみようとしてできたのが、今日でも有名な静岡駅の「元祖鯛めし」である。


子供も大喜びの鯛めし/武重到・撮影

 岡山駅でかつて売っていた「かくしずし」の来歴も興味深い。岡山藩では庶民のぜいたくを禁じて、「一汁一菜」を旨とすべしというお触れを出した。そこで庶民は知恵をしぼって、いろいろな食材を小さく刻んで酢飯に混ぜて、チラシ寿司とした。これなら「一菜」だろうというわけである。これが岡山駅名物の「祭ずし」の由来である。「かくしずし」はその発想をさらにラジカルにして、具材をすべて容器の底に敷き詰め、その上に白い酢飯を被せて、おいしそうな具を全く見えなくした。えっ、これが駅弁か、と驚かせる一品である。庶民の反骨精神が、こんな風変わりな駅弁を生んだといえる。
大都市の芝居小屋の弁当として誕生した、上品な幕の内弁当では考えられないような、野趣に富んだ物語が、特殊弁当にはついてまわる。どうやら特殊弁当と呼ばれる駅弁の大ジャンルには、標準的な「普通」の弁当とは異なる原理が潜在しているらしい。特殊弁当としての駅弁には、普通弁当である幕の内弁当が持っていない、ある特別な性質がある。

 旅(タビ)と贈与

 特殊弁当は、もともとの成り立ちから言えば、人が旅をしてじっさいにその土地へでかけなければ出会うことのできない駅弁である。この意味で、特殊弁当は「旅」というものの本質と深く結びついている。いやそもそも、「旅」というものの本質から生み出されたのが、特殊弁当なのである。
 「タビ」という日本語は古くから使われている言葉だが、その来歴はよくわかっていないところが多い。この問題については柳田國男がじつに大胆な仮説を提出しているが、私の見るところ人類学の観点からも、それがもっともことの真相に迫った説であるように思われる。それによると、「タビ」や「トビ」という言葉はかつて日本の多くの地方で、贈答に関わる言葉であったという。たとえば日向(ひゅうが)地方のある山村では、来訪者と家の主人との間に、次のような挨拶がおこなわれていた。
 客が「トンビ持たずにお礼申す」と挨拶すると、これに対して主人は「トンビどころか、うぬがいきづら見るこそトンビ」と答えるのである。お礼申すは「訪問する」の意味で、「トンビ」とは土産の贈り物という意味である。手ぶらで訪ねてきてしまいまして申し訳ないと客がいうと、土産なんかなくてもよい、お前さんの顔を見るのがなによりの土産だという、まことに心のこもった挨拶である。
 ここに出てくる「トンビ」は、ほかの地方では「トビ」と呼ばれたり、「タビ」と呼ばれたりする。かつては小正月には、トビトビやタビタビという行事が広くおこなわれていた。子供たちが夜の闇の中、菅笠などで顔を隠してこっそりと人の家を訪れ、外から「トビトビ」と小声で家の中に呼びかけながら、持って来た籠を差し入れる。すると家の人はその籠に、餅や米やお金を入れたおひねりなどを入れて返すのである。このとき子供たちが、木を削って細工した「粟穂(あわぼ)」というお祝いの品を残していくこともある。
 こういう行事は北から南まで日本中で広くおこなわれていた。ミヤゲとかトシダマとかオツリなどという言葉も、もとはみなこの「タビ」「トビ」に関わっている。贈り物とそれに対する返礼をあらわす言葉が「タビ」「トビ」なのである。ここから柳田國男は次のように推論した。「私の問題としてみたいのは、贈り物を持って訪ねて来る外客が、トビトビ・トロベーまたはタビタビといったことは、旅行を意味するタビという言葉との間に、なんらかの聯絡はないかということである。正月十四日の夜の訪問者は旅人であった」(*)
 この考えの背景には、古い時代の日本に、外の世界から贈り物をもってやってくる神がいたという民俗学的事実がある。その贈り物は幸福や富がやってくるようにという願いをこめた、粟穂(あわぼ)や稗穂(ひえぼ)のような象徴物である。この神は贈り物のお返しとして何かを「タビ=たまわれ=ください」と言って、人間の世界を訪れてくる。贈り物を受け取った家の主人は、「まれびと」であるその神に、自分の土地でとれたお米からつくった餅を、お返しに差し上げた。土地の貴重な産物を、訪れてくれたことへのお礼として、外からやってきた客にお返しするのである。
 タビという言葉は、日本人の神観念のいちばん深いところにつながっているというこの考えは、駅弁の本質を探っている私にとってとても魅力的である。「タビタビ」と呼びかけながら遠くの土地にやってくるまれびとの神が、旅人の原型である。そこから行商人をタビトと言ったり、渡世人をタビニンと呼ぶ習わしもできてきた。座頭市や木枯し紋次郎なども、このタビの思想の伝統にすがることによって、ひとりぼっちの心細い旅を続けることができたのだ。
 旅をする人は、見知らぬ土地にやってきて、土地の人にさまざまな意味での「タビ」を求めた。それに応えて、土地の人はしばしばタビの者にもてなしをして、彼らの旅を助けてやろうとした。いちばんのもてなしは、自分の土地でできた作物からつくった料理をふるまうことである。マレビトの神の遠い面影を背負う旅人に、地方の特産品でこしらえた料理を差し上げることの背景には、人類に普遍的な「贈与」の考えが潜んでいる。
 列車に乗って地方の町の駅にやってきた旅人(旅行者)は、いまよりもずっと長かった停車時間を利用して駅のプラットホームに降りたつ。彼らは現代のまれびとよろしく、あたりを見回しては「タビ、タビ=なにかたまわれ」と、あたりをきょろきょろする。すると弁当をいっぱい納めた箱を首からつるした駅弁売りが走り寄って来て、渋い声で「ええ、アナゴ飯、アナゴ飯」などと呼ばわる。そこでアナゴ飯と代金が交換されると、売り買いの交換はいちおう完了するが、そのとき弁当を買った旅行者の心には、なにか不思議な暖かい感覚が残される。このときの不思議な感覚こそ、特殊弁当たる駅弁の魅力の源泉である。


穴子がたっぷりの広島県「とろ~り煮あなごめし」/武重到・撮影

 地方の特産品でつくった駅弁は、わざわざその土地を訪れてくれたタビビトへの、あるいはタビという行為そのものへの、感謝の思いをこめたお返しとしての意味をいまだに完全には失っていないように、私には思える。ひさしぶりに自分を訪ねてくれた友人が帰ろうというときに、そっと手渡す手土産のように、そこには余剰の価値が含まれている。特殊弁当という駅弁には、普通の弁当にはない、そのような特殊な余剰が含まれている。

 天と地と

 特殊弁当には、「贈与」という幕の内弁当にはない、人間の深層心理に関わる特別な原理が隠されている。この原理のせいで、特殊弁当は各地の土地の伝統に、深く関わることになる。地方の特産品を詰めた弁当をいただくとき、旅行者の心は食材を生んだ地方の海や山につながっていく。いわば、「大地をいただく」ようにして、旅行者は特殊弁当に舌鼓を打つのだ。
 これにたいして、幕の内弁当やその前身である花見弁当は、大地から生い育った植物が天空に向けて開かせた、きらびやかな花のような弁当だと言える。花見弁当は文字通り満開の桜の下で食される弁当である。洗練された都市的な食材が詰められていて、芋にしろ蓮根にしろ人参にせよ、土とのつながりは消し去られている。この弁当は大地のほうではなく花のように天をめざしている。
 芝居見物とともに発達した幕の内弁当の場合も、大地ではなく天のほうがめざされている。幕の内の折り詰めの蓋が開かれる。中からは黄色や赤の花びらのような食材が現れて来る。そこでは土にまみれてこの世に現れた植物や動物たちの遺体が、美に昇華されている。そのありさまは、目の前の芝居の舞台で演じられているものと、よく似ている。
 芝居では現実のありとあらゆるぶざまな有様が、美に昇華されている。そこでは悪でさえ喩えようもない美に変容させられる。芝居は大地の現実を天空の美に変えてしまう力をもっている。幕の内弁当のデザインの細部にいたるまで、この昇華の原理が保たれている(このことはあとで詳しく語られる)。古代における未婚少女の「山入り」の神事から生まれた「ハレの弁当」の伝統(第2回参照)は、その発達の頂点である幕の内弁当にいたるまで、一つの明確な原理に貫かれている。
 これにたいして、駅弁宇宙のもう一方の主軸たる特殊弁当では、逆の方向が目指されている。天空ではなく、それは大地とのつながりに向かうのだ。食材を視覚的に美に昇華すること以上に、各地の土地の伝統や歴史、つまりは生活の大地とのつながりを視覚と味覚で表現することこそが、特殊弁当では目指されている。そればかりではない。特殊弁当では古代以来の「贈与の原理」が密かに発動されている。旅をして地方の駅弁を買い求めている人のまわりには、日常とは異なる特殊な贈与の空間が、こっそりと形成されるのだ。商業は人と人、人とモノを分離するが、贈与は人と人、人とモノを結びつける働きをする。
 古代の野山でおこなわれていた少女の「山入り」神事と、外から訪問してくるまれびとを贈り物で迎える神事は、じつは異なる思想にもとづいている。いっぽうは天空に向かい、いっぽうは大地につながる。普通弁当と特殊弁当からなる私たちの「駅弁の宇宙」は、たがいに異なるこの二つの原理の弁証法としてできあがっている。駅弁の宇宙にはそれ自体の生命が宿っているのである。

主な参考文献
柳田國男「トビの餅・トビの米」、『柳田國男全集17』、ちくま文庫、1990年
柳田國男「行商と農村」、『柳田國男全集29』、ちくま文庫、1991年(*の出典)
『調べてみよう 都道府県の特産品 駅弁編』、理論社、2017年
読売新聞くらしの案内編『駅弁日本一周』、早川書房、1963年
著者プロフィール

なかざわ・しんいち

1950年生まれ、山梨県出身。思想家・人類学者。チベットで仏教を学び、人類における精神の考古学を構想・開拓する。中央大学教授、多摩美術大学芸術人類学研究所所長を経て、明治大学特任教授/野生の科学研究所所長などを歴任。『チベットのモーツァルト』など著書多数。

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