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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

北極の砂嵐

更新日:2018/11/28

 グリーンランド北部、北緯78度近辺のイングルフィールドランドとよばれる地域は年中風の弱い無風地帯である。これまで私は二〇一四年三月、二〇一五年四、五月、同年八月、二〇一六年十二月~二〇一七年二月の計四回、春、夏、冬の各シーズンに訪れたが、いずれもほとんど風が吹かなかった。
 ところがそこから約百キロほど北上し、フンボルト氷河という巨大な氷河を越えてワシントンランドという別の地域に入ると、今度は気象条件が変わり、猛烈な北風にさらされることが多くなる。今年春の旅で私は初めてワシントンランドに入りこんだが、大地の様相に目を疑った。谷沿いの雪はほとんど吹き飛ばされ地面の砂地が露出し、雪の残っているところもがちがちに堅く凍りつき、砂埃にまみれて茶色く汚れているのだ。
 風景は荒涼としており、北極というよりむしろ中央アジアの砂漠地帯に近い。
 砂漠みたいなのは風景だけではない。ワシントンランドの中央部を縦断する谷間を越え、海へとつづく河口に近付いたとき、猛烈な風に見舞われた。正面の山から猛烈な風が吹きおろし、前進さえままならない。北極でこのレベルの風が吹くと地吹雪となり視界が閉ざされるのが普通だが、ワシントンランドでは地吹雪というより砂嵐である。目や口に砂が入りこみ、行動が困難となり、やむなくその場にテントを立てた。融雪して水を作っても鍋の底は砂まみれでまったく閉口した。
 もう五月となり白夜の明るい季節だったから風が吹いてもしのげたが、これが一月、二月の厳冬期だったら想像を絶する寒さに見舞われるに違いない。冬の北アルプス登山と夏の奥多摩ハイキングが異なるのと同じように、極地の旅も冬と春では過酷さには雲泥の差があるのである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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