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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

乱氷

更新日:2018/11/14

 北極の海氷を歩くときは乱氷(らんぴょう)がつきものだ。乱氷とは風や潮流による圧力で破壊され、ぐちゃぐちゃに混乱し、文字通り乱雑に積み上がった海氷の状態のことで、場合によっては一辺が数メートルもある、一体これ何百トンあるの? と首を傾げざるをえないような巨大氷がテトラポットのように密集していたり、軽々と五メートルもの高さにまで押し上げられて巨大な氷丘(ひょうきゅう)を形成したりしていることもある。こうした現実離れした異様なまでの壮観を眺めていると、神の仕業としか形容しようのない地球物理の巨大な力を実感させられて、見ている分には楽しいのだが、徒歩や犬橇で極地旅行をする場合は完全に前進の障害になるので、迷惑なことこのうえない。北極の海氷を移動する極地旅行者は常に乱氷がないかどうか前方に注意を払って進むことになる。乱氷帯が出てきたら、その規模や密集具合により迂回するか突破するか決めなければならないのだが、実際にどの程度の乱氷帯かは中に入ってみなければわからず、迂回したところで迂回先にも乱氷帯が押し寄せてくることもあるので、乱氷がすぐ終わるかどうかは運次第。ひどい乱氷にはまるぐらいなら白熊に遭遇したほうがよほど良い、というのが乱氷というものである。
 乱氷は状態により次のⅠ~Ⅴ級に等級分けされる。
 Ⅰ級……規模が小さく、スキーを履いた状態で容易に突破できる。
 Ⅱ級……突き出した氷がやや大きく、スキーを脱がなければ突破できない。
 Ⅲ級……氷が大きく、密度も高まり、所々で橇を全力で引っ張ったり、鉄の棒で氷を破砕しなければ前進できない。舌打ちや愚痴をこぼすことが多くなる。
 Ⅳ級……乱氷が大きくなり、かつ密度も高まり、足の踏み場がほとんどなくなって前進が困難になる。橇を残置し、鉄の棒で道を切り拓かなければならない場面が繰りかえし出てくる。頭に来て大声で怒鳴り散らす。
 Ⅴ級……突破は著しく困難。氷が積み上がってできた山や壁に周囲を囲まれ、鉄の棒で氷を破砕し、道を作ってからでなければ橇を引けない。一日の歩行距離は数キロに限られ、ストレスでしばしば絶叫する。
 ちなみにこの等級は私が勝手に分けているもので、通用性はまったくないので使用の際は気をつけてもらいたい。
 写真は今年春、グリーンランド北部のワシントンランドと呼ばれる地域を旅した際に、あまりにも乱氷がひどいので沿岸の定着氷を進んだが、その定着氷もいよいよ狭くなり、もう乱氷帯に突っ込むしかないか……と観念しかけているときのものである。犬も泣きそうになっている。この後、Ⅲ~Ⅴ級の乱氷が数日続いた。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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