Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

内陸氷床

更新日:2018/06/13

 グリーンランドの内陸部には、写真のように雪と氷ばかりが無辺に広がる氷床がどこまでもつづいている。山や谷が複雑に入り組んで、地形的な変化や起伏に富む日本の豊饒な自然では考えられないほど、そこは同質的で均一な世界に見える。
 地図やコンパスがなかった時代のイヌイットは、この無変化で均質的な自然のなかを自由自在に移動し、目的地にたどり着くことができていた。近代的な技術をもとにした移動航法では、コンパスか時計がなければ方位の決定はできない。コンパスがあれば磁方位が割り出せるし、正確な時計があれば太陽の位置で方角がわかる。しかし、そうした機器がなくてもイヌイットたちは誤ることなく行きたい針路を決定し、カリブーや白熊を追いかけることができたのである。
 一体、彼らはどうしていたのだろう。自分でも氷床を何度も往復した経験があるので、かねがねそのことが疑問だった。星や太陽をもとに針路を定めるにしても、星や太陽というのは時間や季節にしたがって動く存在だ。だから天体で針路を定めるにしても、まずはその絶対不変な基準となる方位がわからなければ、大地を迷うことなく移動することは不可能である。
 しかし最近、大村敬一『カナダ・イヌイトの民族誌』(大阪大学出版会)という本を読むことで、その謎は明快に解かれることとなった。この本によると、イヌイットたちは雪面にできる風紋を頼りにナビゲーションを組み立てていたという。風紋には季節を通じて吹き続ける卓越風によってできるものと、その時々のブリザードによってできる表面的な風紋があり、一般人にはその見分けをつけるのは非常に難しい。しかし彼らは〈堅さ〉を基準にすることで、それぞれの風紋の中に潜む差異を見つけ出し、様々な形状の風紋の中から卓越風によってつくられたものだけを読み解くことができたという。
 卓越風の向きさえわかれば、絶対的な方位を知ることは可能だ。雪面を見て方角を知るという話は、これまでシオラパルクの村人からも聞いていたが、本書を読むまで具体的にそのメカニズムを理解することはできなかった。このような、われわれには無表情に見える茫漠とした雪面にも、じつは豊かな表情が秘められている。じつに深い経験知の世界だ。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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