Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

氷床

更新日:2018/06/27

 この冬も北極探検のためグリーンランドに向かっている。目的地は例年のように同国最北の村シオラパルク。昨冬は極夜探検が目的だったが、今年はまた別のテーマで長期旅行を実行する予定だ。
 グリーンランド探検の原稿を書くときにいつも頭を悩ませるのが〈氷床〉についての説明のし方だ。ウィキペディアを開くと、〈氷床〉は〈地球型惑星など地表面がある天体の、地表部を覆う総面積5万km2以上の氷塊(地球の場合は氷河)の集合体である〉とか〈氷床とは、降り積もった雪が徐々に固められ、圧密されていくものが、さらなる降雪によって層を重ねて成長し、形成されてゆく氷塊の一種である〉などと説明されているが、これを読んでもどうも明確なイメージはわかない。氷床はツンドラや海氷上とは異なり生物の気配がほとんどしない非常に虚無的な世界であり、かつ氷河ともちがって傾斜がなくて平坦でだだっ広い空間だ。読者は視覚的、あるいは身体的イメージを求めるだろうから、シンプルに〈雪と氷だけがつづく広漠とした白い沙漠〉などと書くことが多いが、それで具体的に伝わるか自信がなく、自分の語彙力の不足に落ち込む原因にもなるというまったく手に負えない自然環境が、私にとっても〈氷床〉なのである。
 飛行機でグリーンランドに入り、空の玄関口であるカンゲルスアックから中部の都市イルリサットに向かう途中、機体の下に氷床が広がっているのに気づいた。上空から見た氷床は白く、独特の紋様が際限なく広がっており、最初は雲かと思って眺めていた。だが、次第にその無際限な白紋様の広がりが唐突に断絶し、ごつごつとした荒々しい大地との境目が生じた。その断絶面を見てようやく、それまでの白紋様が雲ではなく氷床だったことに気づいた。
 写真の右が氷床。左がツンドラの陸地である。グリーンランドは氷床が陸地面積の八割以上を占めており、グリーンランドの探検旅行ではこの白と無が支配する大地をどのように越えるかが、大きな難所となる。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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