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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

またまた橇の話

更新日:2018/05/23

 三月からの北極徒歩旅行を前に、自宅のベランダで橇(そり)の製作を開始した。
 グリーンランドで活動するようになってから橇は毎回、木材で自作するようにしている。橇作りは中々奥が深く、これまで四台作ってきたが納得できるものはなかなかできなかった。最初はヒノキの橇を作ったが、初めてということもあり先端のせり上がっていく部分の角度と形状が上手くいかなかった。二台目もヒノキを選んだが、軽量化のための肉抜きの穴をあけすぎてしまい、強度不足で最初の氷河を登った氷床の上で壊れてしまった。
 昨冬の極夜の探検では、強度のあるブナ材で作ったメインの一号機と、村で売っているマツ材で作った予備の二号機の小型の橇二台で旅をした。ブナ材の一号機のほうはかなり完成度の高い橇だったが、ブナということで少々重いのと、一台で使用するには長さが足りないので、今年の旅では改めて新しい橇を作ることにしたのである。
 四台目となる今回は初心にもどってヒノキをチョイス。自作の橇で旅をすると、材を選定する時点で旅は始まっているといっても過言ではない。強度と重量はほぼトレードオフの関係にあり、強度を重視しすぎると重くなるし、軽量化を重視すると途中で壊れるリスクが高くなる。橇の出来次第では旅は失敗に終わり、窮地に陥る可能性もあるので慎重さが求められる。
 去年のブナのような頑丈な材なら厚さ2.5ミリでも十分な強度があったが、ヒノキはどうだろう? 2.5ミリではちょっと不安があったので、2.7ミリにして、高さはこれまでの20センチから2センチ低くして18センチにした。高さを低くするとそのぶん軽くなるが、氷が引っかかって逆に進行が遅くなる恐れもある。この選択が吉とでるか凶とでるかは、使ってみないとわからない。
 用意した材を作業台に固定して鋸(のこぎり)で切り出し、鉋(かんな)で形を整えていった。去年のブナとちがってヒノキは被削性(ひさくせい)が高く、加工しやすい。今回はかなり理想的な橇ができそうだと爽快な気持ちで制作を続けていると、途中でとんでもないミスを犯していることに気づいた。木目の向きが逆ではないか! グリーンランド式の木橇は直進性を高くするため、滑走面の橇をやや内側に傾けるように作る。そのため木目の密なほうを圧力のかかる内側に向けるのが原則なのだが、それが外側に向いてしまっていたのだ。
 なぜ、こんな初歩的なチェックを怠ったのか……。木目の向きは材を切り出した時点で決めることなので、もう修整は利かない。直すとしたらまた材を用意して一からやり直すしかないが、そんな時間はない。
 とはいえ正直言って木目の向きがちがっても、材は鉄板や木ねじで補強するし、そこまで内側に傾けるわけではないので、これが原因で壊れるということはまずないと思われる。その意味では実用性には問題ないのだが、加工はうまくいっていただけに、このミスは全体的な美観を決定的に損なっているという点で猛烈に悔しかった。
 慎重さが求められると言っておきながら、このざまだ。こういううっかりミスを私は幼少期からひたすら繰り返してきており、いわば私の個性ともいえるのだが、それがこの局面で出るとは……。残念でならない。納得のいく橇を作るのは、本当に難しい。来年の五代目に懸けるしかない。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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