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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

カナック沼での贅沢

更新日:2024/03/13

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 今年も北極の旅の季節となった。コペンハーゲン経由でグリーンランドに入り、イルリサットからカナックまでは予定通り来た。犬たちが待つシオラパルクまでは、残りヘリコプターで20分だが、いつものようにここから先が遠い。この連載でも何度か書いたが、ちょっと天気が悪いとすぐに欠航するからだ。ヘリが格納されているのは、カナックから100キロほど南のピトゥフィックにある米軍基地なので、シオラパルク、カナック、ピトゥフィックの三か所の天気が晴れないとヘリは飛ばないのである。
 ヘリが飛ばないとエア・グリーンランドがカナックでの宿代を肩代わりしてくれる。カナックにはホテルとB&Bの二つの宿があり、ヘリが欠航するとこれまではホテルのほうに運ばれた。だがホテルを経営していたハンス・ヤンセンさんが高齢ということでリタイアし、今シーズンからB&Bに泊まるしかなくなった。
 B&Bは自炊方式だ。ヘリはいつ飛ぶかわからず、食材をたくさん用意できないし、家みたいに作り置きもできないので、こういう場合はやりにくい。B&Bかあ、と残念に思っていたら、だが思わぬ利点があった。宿代だけではなく食事代もエア・グリーンランドが補填してくれるというのだ。しかもその額がかなりの高額だ。1食あたり125クローネ分の金券を1日3食分くれる。つまり1日あたり375クローネ、日本円にしたらいまは円安なので8500円ぐらいになるだろうか。物価の高いグリーンランドとはいえ、食材だけでは使いきれない額である。
 こんなにたくさんもらえるの? と興奮してお店に向かう。普段はラーメンやパン、豚の心臓などで安く済ませることしか考えないが、今回ばかりは羊肉やサーモン、オヒョウ、サラミ、クリームチーズなど高額食材を買い漁る。もちろんカナック滞在中には食べきれないし、食べきるつもりもない。シオラパルクで使うことが前提だ。
 このままだとヘリが飛ばなければ飛ばないほど食材費が浮き、どんどん贅沢できることになる。しばらく飛ばないほうがいいかもしれない!……と思ったら翌日飛んだ。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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