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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

十二月の北海道行始末記

更新日:2024/02/14

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 せっかく北海道で狩猟者登録しているので、十二月も札幌の友人ハンターA氏と一緒に日高の某山域にむかった。林道の通行止めの手前まで車で行き、そこから数百メートル川沿いを奥にはいったところで、早速、雄の仔鹿が藪から飛び出し、七十メートルほど先で止まった。膝射の態勢で引き金を絞るとその場にひっくり返った。ただ入弾が悪く、脊髄を貫いており絶命していなかった。首に剣鉈をさしこみ、苦しむ仔鹿に止めをさすのはさすがに心苦しく、まだまだ腕が悪いと反省した。
 幸先はよかったが、その後はイマイチだった。冬眠前の羆(ひぐま)をねらっての山行だったが、もう穴にはいったのか、奥に行っても雪の上に足跡はない。鹿も山の下のほうにいるようで仔鹿の後はめっきり気配が消えた。翌日から猟場を変えて鹿を追ったが、三日目にA氏が一頭獲っただけ。最近、親しい知人をなくしたこともあり、あまりモチベーションもあがらず、猟場を実家のある芦別の山に変えようと予定を切り上げ山を下りた。
 いま思えば下山の選択は失敗だったかもしれない。翌日、旭川の銃砲店に行き、実包を五発購入した帰りに、トンネル内で後輪がスリップし、ハンドルがとられて制御不能になった。左の歩道にのりあげ、その反動で車は右に切れて対向車線の壁に正面衝突してようやく停車。時速四十キロぐらい出ていたと思うが、衝撃はそれほど感じず、痛いところもなく身体は完全な無傷で、対向車線の車も百メートルほど先にいて、ゆっくり止まってくれたので助かった。エンジンを入れなおすと車が動いたので、ハザードランプをつけてトンネルの外に移動させ、しばらく走らせたところで事故の状態を見る。左の前輪がバーストしており、車の底の部品が壊れて前輪のドライブシャフトが曲がっている。
 警察を呼び、車屋に対応を相談し、レッカーを呼んだ。当然もう狩猟どころじゃなくなった。
 しばらく事故をおこしたことに落ちこみ、レッカー代やら修理代やらの諸費用を考えると頭が痛かった。ただ、JAFのおじさんから「いままでたくさん事故を見てきたけど、トンネル事故は本当に悲惨だから。対向車が来なくてラッキーだと思わないと」と慰められたように、この程度で済んだのは幸運だった。現場は大型車がバンバン通る国道の幹線道路で、対向車と正面衝突でもしようもんなら、自分の人生だけでなく他人の人生をも終わらせる大惨事になっていた。
 高い勉強代を支払ったと思うことにする。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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