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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

鹿皮を鞣す

更新日:2024/01/24

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 今年の狩猟活動の目標のひとつに鹿皮を鞣(なめ)すというのがある、という話は前に書いた(第189回 ウロ)。十月から十一月にかけて北海道にいったときの主目的は日高山脈での狩猟山旅だったが、皮鞣し用の鹿も必要なのでその前後に別の場所で四頭獲っておいた。
 一頭目は芦別の実家から車で一時間強の場所に位置する南富良野町の山中だ。二頭目は日高の山旅が終了して車にもどった後、その近くで獲った。そして三頭目、四頭目は実家にもどったあとに芦別の山中で狩りをしたものである。正確にいえば四頭目は、日高も一緒だった友人が仕留めたものだが、「せっかくなので毛皮も使ってください」というのでありがたく頂戴することにした。雄が二頭、雌が二頭である。
 さて、それから大忙しだ。獲った鹿皮はすぐに実家の冷凍庫に放り込んで凍らせる。凍らせるか塩漬けにしないと腐敗が進むからだ。四頭目はもう冷凍庫に入りきらないので、最初の三枚の毛皮は運送業者を呼んで鎌倉の自宅に送り、空いたスペースに四枚目の毛皮を入れた。自宅に帰った翌日に三枚の冷凍毛皮を受けとり、そのうち二枚を冷凍庫に保存して一枚を屋外に放置して解凍した(ちなみに四枚目は後日実家から送ってもらった)。
 解凍が終わったら、まずは水洗いして汚れを落とし、それから皮の裏の肉と脂をウロでこそぎ落とす。臭いが出たら家族や近所から苦情がくるかもしれないので、自宅の裏山の斜面と家屋のあいだのせまい土間で、こそこそ作業しなければならない。何か悪いことでもしているかのようだ。一枚目の作業ではコツがつかめず、何度かウロを強くあてすぎて皮を削りすぎてしまった。しかし逆に力を入れないと皮の脂の中間層につく、ぷよぷよした軟らかい層が取れず、難しい。軟らかい層はなかなか取れないので、乾燥させたあとにやすりで落とすことにして、おおむねこそぎ終わったところでよしとした。
 ウロ作業のつぎは洗浄である。四十度ほどの温水がいいらしいので、二階の風呂場のシャワーの栓を取り替えてホースをつなぎ、裏の土間までのばしてお湯を出す。大きな収納ボックスにお湯をためて何度も洗ったが、表毛についていた夥しい数のマダニの死骸が浮かび、皮の裏側にくっつく。その数たるや半端ではなく、こんなにダニがいたら生きていて辛いだろうとかわいそうになるほどだ。
 洗浄が終わって臭いが落ちたら、ミョウバンと塩を溶かした水に一週間ほど漬ける。漬けている間もマダニの死骸がくっつくので、なるべく取りのぞくようにする。一枚目の作業と並行して二枚目を解凍し、翌日、解けた二枚目の処理をおこなった。二枚目になるとウロ作業のコツがわかり、かなりきれいに肉と脂を落とすことができた。
 一週間ほどミョウバンに漬けたら、次は木枠に固定しての乾燥作業である。一日ほど経ち半乾きの状態となったらヒマシ油を塗りこんで、それから数日間風通しのよい日陰に放置した。乾いたら、あとは折ったり、踏んづけたり、もんだりして革を軟らかくし、必要におうじて紙やすりをかけて余計な異物を除去する。
 十二月七日現在、二枚の毛皮の作業工程を終了し、三枚目と四枚目を乾燥中だ。北極に出発する前に裁断して縫製し、アノラックにするわけだが、現段階としては、雄の革が予想以上に厚くて、ちょっとごわごわしすぎている印象だ。これではちょっと動きにくいかも……と危惧している。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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