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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

無人の荒野の飛行場

更新日:2020/08/26

 コロナ禍のなか、今年の春も三月から五月にかけて二カ月近くグリーンランド北部を漂泊的に旅した。本当は海峡をわたってカナダ側に渡りたかったのだが、コロナで入国許可が取り消され断念。しかし収穫がないわけではなく、グリーンランド内を北進し、これまで知らなかった土地の知識を深くものにすることができたのは私にとっては大きかった。とくに北緯八十度から八十一度あたりにあるヌッホアという巨大な陸塊をかなり隅々まで探検できたこと。これは大きな収穫で、これでヌッホアは、私の主観的世界の一部にとりこまれ、私にとっては未知の土地ではなく既知の土地となったわけだ。
 既知の土地というのがどういう意味かというと、もし次の旅でヌッホアより北に行き、そしてヌッホアまで戻ってきたら、私はおそらく、嗚呼(ああ)ここまで来たら、もう家に帰ったも同然だ、よかった、と安心できるにちがいない、ということである。ヌッホアの北端から一番近くの人間界であるシオラパルクまでは距離にして五百キロ、どんなに犬橇で飛ばしても二週間はゆうにかかる遠隔地ではあるのだが、知っているのと知らないのとでは雲泥の差なのである。
 このヌッホアの南部に飛行場がある。飛行場があるという情報は地元村人から得ていたので、ちょうど予定ルートの途中であったこともあり、立ち寄ってみた。
 もちろん飛行場といっても無人の荒野にある飛行場なので、管制塔があったり常駐の職員がいるわけではなく、平坦な河岸段丘を滑走路にして、小屋とテントがいくつかあるだけだ。しかしこんな人跡未踏みたいなところにある飛行場としてはかなり立派な施設ではあり、小屋の中には雪上バギーなんかもあって、到着したときは面食らった。いつ、どんなときに飛行機が飛んでくるのかはわからない。たぶん何かの学術調査が必要なときに研究者がやってくる施設なのではないかと思う。
 こんな場所に飛行場があると、探検している身としては、さぞや興醒めするにちがいない、と思われるかもしれない。しかし、人間がいたらたしかに興醒めだろうが、建物があってもなくても正直、私の探検にはあまり関係ない。というのも、今の私は別に人跡未踏の地理的な空白部を目指しているわけではなく、この極北の地に何度もかようことで自分の土地として獲得し、それをどんどん広げ、将来的には地図がなくても自由に移動できるほど土地を熟知する、というのが目的になっているからである。探検の主眼を地理的なものとはちがう位相に置いているので、人工物があってもさほど気にならなくなった。
 むしろ、どちらかといえば、この遠隔地にこうした比較的頑丈な小屋があるのはありがたいことである。なぜなら、ここより北に行くときに帰りの食料をデポできるから。食堂テントが崩壊しているところなんかを見ると、滅多に人が来ることはないようだが、個人的にはちょくちょくデポ基地につかわせていただこうかな、などと密かに考えている。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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