読み物
第2回 明智光秀と忍者ダイエット
更新日:2020/03/04
忍者へのロング&ワインディングロード
ダイエットは辛い。誰だって、辛いものは辛いのだ。そして、辛いから挫折する。では、どうすれば、挫折しないですむのか。辛さを超える喜びがあればいいのである。
ダイエットをする、といえば辛い。
でも、忍者になることを想像してみましょう。なんかウキウキしてきませんか。まずは、周りに忍者になることを宣言することを植田さんは勧めています。
「忍者としてダイエットをはじめたからには、しっかりと周りの方々にダイエットを行なっていること、今、忍者として過ごしていることを告げておきましょう。
飲みの席などで過度なすすめにあった時でも、
『わたし今、ダイエット中なので……』と、ややひけ目に回避するのではなく、
『わたし今、忍者なので!』と、己の欲を断ち斬っている姿を見せることで、
『忍者でいるのでしたら、仕方がない』と、周りも納得し、かつ尊敬の念をもって、ダイエットを続ける皆様を応援する立場に変化します。
世界中どこへ行っても、『忍者』というスタンスは通じます。
そのストイックな様は、世界的にもCOOLでかっこいい者の象徴として認知され、愛想を振りまくことなどないにもかかわらず、愛されるキャラクターでいるのです」
確かに「ダイエットをしています」といっても、せいぜい「そうなの、頑張って」という反応しか返ってこない。これが、
「今、わたし、忍者をやってます」といえば、欧米人なら間違いなく「COOL!」といってくれるだろう。いや、ふだん地味で目立たない人であればあるほど、「忍者やってます」とのギャップで萌えてくれる人も多いのではあるまいか。もしかしたら、「コスプレやってるんですか?」と別の趣味の人が近づいてくるかもしれず、やって損はない。なにしろ、気分さえ「上がれ」ば、ダイエットは半ば成功したようなものなのだから。
では、「忍者として」具体的に何をすればいいのだろうか。
「朝、目が覚めた時に、皆さんは何をしているでしょうか?
目覚める瞬間、寝ている間も含め、人が常に行なっている運動があります。
それが、『呼吸』です」
「呼吸」を侮ってはいけない。「呼吸」は基礎代謝に深く関わっているのである。男性は1500キロカロリー、女性なら1200キロカロリー。これが「生きているだけで消費しているカロリー」、すなわち基礎代謝である。ということは、この基礎代謝を上げれば、当然、同じものを食べていてもダイエットをすることができる。そして、
「基礎代謝を上げるために『誰もが毎日自然と行ない』、かつ『意識的に変えることができる』運動──そのひとつが呼吸法であり、つまり呼吸の仕方を変え日々を過ごすだけで、消費カロリーが大きく変わるのです」
ちなみに、その呼吸法は「丹田」という体の「芯」を意識して深く呼吸することですが、これによって、深い筋肉群、「深層筋群」を鍛え、基礎代謝が上がるんだそうです。いや、忍者って、科学的なんですねえ。詳しくは、本に書いてありますので。
呼吸法をやったら、次は「忍者として朝食を食べる」ことです。
「本来、食事という、自分とは違う異物を口の中に入れる(身体に取り込む)行為は、極めて特異な行為であり、まがりなりにも口の中に入れた後は、その異物自体が自身の一部になるわけですから、たった一口であっても、まさに忍者のマインドをもって抜かりなく、そして鋭く吟味しなくてはならないのです。
仮に毒性の強いものでしたら、たった一口で死に至ります」
なんという警戒心。でも、それぐらいの強い意志と集中力で食物に向かい合わなければダイエットを成功させることなどできないのである。ちなみに、具体的にどうすればいいかというと、「よく噛むこと」だそうです。なんだ……。いや、その先がまたスゴい。
「朝食をゆっくりと味わったら、さあ、着替えを整えて外出しましょう。
身なりを整えることにおいても、忍者は油断をしてはいけません。
布を身にまとうだけのダイエットというものも存在しており、事実それには効果が期待できる要素も見られるのです。
まずは姿形から。映画やドラマでお馴染みの忍者衣装、布を巻きつけて形成されたような『黒装束』で知られていますが、実は、黒だとかえって闇の中で浮いて見え、目立ってしまうため、本来の色は黒ではなく、紺か渋い柿色が主でした。
しかし、黒という色はシャープで締まった印象を与えることから、忍者にぴったりとのことで、黒装束のイメージが定着したのだと推測されます」
身なりは大切。他人の視線は何より大切。だから、忍者っぽい「身体をしっかりと引き締める」格好をしましょう、と植田さんはおっしゃるのである。
はっきりいって、この植田さんの提言を馬鹿にしていませんか? 忍者のような格好とダイエットにどんな関係があるのか、と。
実は、この部分を読み、わたしはこの「忍者ダイエット」の有効性への疑問がかき消えたのである。なぜなら、「忍者ダイエット」の成功例に遭遇したことがあったからだ。
ずっと、昔のことである。
若い女性の服飾専門店がぎっしり集まった「渋谷109」、あそこへ足しげく通っていたことがある。その理由は内緒である。とりあえず、何度も通っているうちに、わたしはあることに気づいた。どのお店で働いている女の子たちもみんな、綺麗でスタイルが良かったからである。いったいなぜだろう。そりゃあ、綺麗でスタイルのいい女の子ばかり採用しているからだろう。そう思って、探求をやめてしまってはいけません。疑問があったら、それを解決しようと努力しなくちゃ。
そこで、わたしは、それぞれのショップの女の子たちに訊いてみることにした。
「あの、働いているみなさん、みんな綺麗でスタイルがいいんですが、なぜですか?」と。多くの女の子は、最初、わたしがナンパしているものと思ったようだ。無理もないですが。けれど、わたしが、ほんとうに彼女たちの秘密を知りたいのだとわかると、答えてくれたのである。しかも、全員、同じ答えであった。
「そりゃ、他人の視線があるからですよ! だから、店をやめると、みんな太ってブスになります」
これぞ「渋谷109ダイエット」。いや「他人の視線ダイエット」。わたしが大学で教えていた「言語表現法」の授業のやり方は、この「渋谷109」の女の子たちのやり方に示唆されたものなのである。他の学生たちの前で自分の書いた文章を読む。「他人の視線」を常に感じることで、学生たちの文章は飛躍的に上手くなっていたのである。これ、ほんとの話。
さて、その女の子たちはみんな、なんらかのダイエット法を試したにちがいない。そうでなければ、体型を維持することは難しい。けれども、重要なのは、そのことではない。彼女たちが挫けなかったことなのである。
彼女たちは、日々、そのショップの服を身にまとって店頭に立った。商品を売るという戦場で、その戦闘服がいちばん映えるスタイルを維持しながらである。
彼女たちこそ、現代の忍者ではなかったのか。
「引き締まった格好」で外出した後、最初に行なうのは何か。「歩く」ことである。もちろん、ただ「歩く」のではない、「忍者として」「歩く」のである。
「『抜き足・差し足・忍び足』これは忍者の代名詞のような歩き方で、足音を立てずに進む忍者の歩行術です。
抜き足とは、足を抜くように動かす歩き方。差し足は足をそっと差し出す歩き方で、両方の動作をまとめて『忍び足』といいます。
どちらも小指から下ろし、徐々に親指側へと体重を移動させるのが特徴です。
これらの歩行術は、『足音を立てずに歩く』こと、つまり自分の存在を消すために、音を消しての移動を目指したものでした。そのためになるべくゆっくりとした動作を徹底して鍛錬するのです」
ていうか、それ、なんか必要なんですか?
はい、必要です。
「現代においては、足音を立てずに忍んでゆっくりと歩く必要はあまりないのですが、この歩行術の鍛練には、ダイエットにおいて大変有効な点があります。
それは、遅筋の鍛練です」
説明しましょう。「歩く」「走る」運動の中で、現在もっともダイエットに有効とされるのは「スロージョギンク」、ゆっくり歩くことである。ゆっくり歩くことで、持久力を発揮する「遅筋」と呼ばれる筋肉が鍛練され、脂肪の燃焼が進み、なんと生活習慣病の改善に繋がることが確認されているのである。すごいな、忍者。そのことを知っていたのかも。
それから、さらに、植田さんは「姿勢」と体さばきについて、忍者としての心構えがストレスを取り除くことについて、忍者としての余暇の過ごし方について、さらには、「忍者食」について書いてゆくのだが、それは、みなさんご自身で読んでいただきたい。
植田さんは、この本の最後にこう書いている。
「本書を読み解き『忍者という研ぎ澄まされた精神の化身に近づくべく、そのひと呼吸、ひと口、ひと歩み、ひと癒しを意識し、日常を修練の場として過ごす』ことを実践したとすれば、必ずやダイエットは成就し、健康的な身体を手に入れるでしょう。(中略)
ダイエット本はこれからも数限りなく、登場しては消えていくでしょう。
しかし、いかに新しい提案がなされても、ダイエットの本質に変わりはなく、またダイエッターの苦難は続くと予想されます。
そんな時は本書を読んで、ダイエットの本質に目を向けてみてください。
『忍者ダイエット』は、ダイエットの闇を斬る真のダイエット本として存在を放ち、忍者を志す人たちに道筋を示してくれることでしょう」
植田美津恵『戦国武将の健康術』 ゆいぽおと
……って、植田さんは、ダイエットではなく、忍者を志しているのか、すごいですね。
しかし、考えてみるなら、ダイエットや健康術の基本は、自分の身体の状態をどれだけきちんと把握できるかにかかっている。だとするなら、「忍者になる」こと以上に合理的なダイエット、健康法はないかもしれませんね。
おお、気がついたら、残念ながら、植田さんのもう一つの名著『戦国武将の健康術』のことを書くスペースがなくなってしまった。こちらには、長生きした戦国武将の食べたものが、いま健康食として推奨されているものと同じだった、ということが書かれていますので、参考にしてください。
あっ、明智光秀のことを書くスペースもない!
とりあえず、光秀は岩盤浴が好きだったみたいです。あと、戦国武将には珍しく、側室も作らず、奥さん一筋だったんですねえ。いい人だ。今回はここまで。
撮影/中野義樹
高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)
1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』、『たのしい知識──ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』、『「ことば」に殺される前に』、『これは、アレだな』、『失われたTOKIOを求めて』、『居場所がないのがつらいです』『だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな』など、多数ある。