Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

極夜明けのイベント

更新日:2019/06/26

 シオラパルクの南の極夜明けは、今年は二月十六日だった。二月に入ると太陽がじわじわと地平線に近づき、日を追うごとに世界が明るくなっていくのが実感できるが、実際に太陽が姿を現すのを見ると、それまで冬の鬱々とした暗闇に閉じ込められていた身としては何ともいえない解放感をおぼえるものである。村の南のケケッタッハーとよばれる島の外郭線から火の玉となった太陽が眩(まばゆ)い光を大地に降りそそいだとき、村の人々は春の到来が近づいたことをなんとなく喜ぶのである。
 極夜明けはそのようなお目出度い日であるから、村の人は当然それを祝う。昔みたいに太鼓をたたいたり踊りをおどったりといった伝統的な祭事が催されるわけではないが、役場が主催して簡単なお祝いの場が設けられ、村人が学校に集まってコーヒーを飲んだり、茹でたソーセージを食べたりして、まったりすごす。
 飲食に飽きる頃合いになると各種の目隠しゲームがはじまった。まずは〈日の出地点当て目隠しゲーム〉。これは、村の南の半島や島の輪郭線の様子が線描されたホワイトボードにむかって、右手にもったマジックペンを前方にすえながら目隠しをして漫(そぞ)ろに近づき、日の出の位置の近くに点を描くことができたものが優勝というじつにスリリングなゲームである。
 つづいてはじまったのが鋏をつかった〈毛糸目隠しゲーム〉だ。天井から靴下を毛糸でぶら下げ、参加者は片手に鋏をもって開いた状態で前方にすえ、目隠しをして毛糸に近づき、一番最初に開いた鋏の間に毛糸がはさまった者が勝利するという、こちらもまた興奮さめやらぬ内容となっている。
 村人にうながされて私もいずれのゲームにも参加したが、はからずも毛糸目隠しゲームのほうで勝利し、思わず両手をあげてガッツポーズした。景品は村の売店で売っている新品の靴下で、なぜ靴下だったのかは今もって不明である。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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