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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

多忙な私

更新日:2019/03/13

 これまで北極での活動は、一頭の犬とともに橇を引く人力橇スタイルで旅をしてきたが、今年から故あって犬橇に転向することにした。この原稿を書いているのは二月一日だが、その二週間ほど前にシオラパルクの村に来て、今、私は人生で一番といってもいいほど多忙な日々を送っている。
 人力橇と犬橇とでは行動様式がまったく異なる。歩きで橇を引いていたときは、自分の意思で歩きはじめることができるし、休憩することもできる。しかし犬橇は犬を操らなければならない。自分の意思を犬に伝えないと橇に乗ることができないため、当然のことながらまずその操り方を訓練しなければならない。その訓練で、まず多忙。それにイヌイットの文化にはプラットといって他人の家を文字通りぷらっと訪れておしゃべりに興じる習慣があり、その応対でまた多忙。
 しかし多忙の原因はそれらだけではない。操縦のほうはもっと時間がかかるかと思ったが、想像以上にスムーズに乗れるようになり順調に進んでいる。多忙の原因は訓練より、むしろ道具の制作だ(そしてプラットだ)。
 犬橇には人力橇で使わなかった道具が色々必要だ。鞭、犬の引綱、胴バンド等々。最低限必要なものは村に来てすぐにつくったが、その後もあれやこれや必要なものが出てきて、毎日その制作に追われている。
 昨日は十時間ほどぶっつづけで犬の毛皮でオーバーシューズを作りふらふらになった。橇に乗っている間は身体を動かさず人力橇よりはるかに寒いためより手の込んだ防寒対策が必要なのだ。何もそんなに急いで作らなくてもいいのでは……と思うかもしれないが、昨日のうちにオーバーシューズを作らないと、今日の訓練で足が寒くてつらいし、それに今日は今日で訓練が終わった後に橇に載せる木箱を作らないといけないうえ、明日からは今回の制作物のうちで最強の大物である橇づくりにとりかからなければいけないのである。
 犬橇初年度はとにかくやることが多くて忙しい。忙しすぎる。村で時間のあるときにゆっくり本でも読もうと今回は自宅で積読状態になっている難しい本をたくさんもってきたが、皮肉にも村でも積読状態を維持しており、このまま日本に持ちかえることになりそうである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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