読み物
子犬の死
更新日:2024/04/24
シオラパルクに来てショックだったことのひとつは、チーム角幡の太母ことカコットが12月に死んでいたことだ。綱が切れて脱走してしまい、世話していた村人に捕まえられず射殺されたらしい。
容易に懐かない性格だったし、発情していたとも聞くので、捕まらなかったのはそれも理由としてあっただろう。村中の雄たちと交尾しまくり、村人からクレームが寄せられたそうだ。逃げて捕まらない犬は迷惑なので、イヌイット社会では殺処分されることが多い。私がいれば問題なかったのだが。可哀そうなことをした。
カコットがいなくなり、現在雌犬は2頭。1頭は亡くなった山崎さんから去年譲ってもらったミータという2歳の犬。それと村の友人イラングアから去年春に買ったプーパという生後11カ月の犬だ。
そのミータが1月下旬に出産した。
出産はドタバタだった。夏に預けていた村人が「お前のとこの雌犬はすごい食って、めちゃくちゃ太らせといたぞ」というのでそれを真に受けていたのだが、不思議なことにその後もどんどん太っていく。すごいな、どこまで太るんだ? 妊娠しているみたいだな、と思っていたら、肥満ではなく本当に妊娠していたのだ。
交尾の時期がわからないので、いつ出産するのか不明だ。お腹は大きいとはいえ出産間際という感じでもないので、あと2週間ぐらい先かな、と油断していたら、ある夜、隣のおばさんが家にやってきて、「子犬が生まれたよ」と教えてくれた。
え、ウソ、マジ? もう早? と外に飛び出すと、雪の上でミータがうずくまり、腹のなかで子犬が2頭ピーピー鳴いている。その隣には3頭の死体が……。氷点下30度の冷え込みのなか、野ざらしの状況では子犬はすぐに死んでしまう。すぐにミータと生き残った子犬を家のなかに避難させ、急いで犬小屋を修繕して、家の前室(物置のような空間で、外と同じぐらい寒いが、風はしのげる)に運び込み、犬をそのなかに押し込んだ。子犬2頭のうち1頭は衰弱していたようで、作業の間に息絶えた。結局残ったのは1頭だった。
今年はこの1頭に何とか育ってもらいたい、と願っていたが、残念ながらこの1頭も1週間後に小屋のなかで冷たくなっていた。まだ息があったので何とか復活させようとストーブの近くでマッサージしたり腋の下に入れて温めたが、ダメだった。
たぶん小屋のなかでミータが下敷きにしてしまい窒息してしまったのだと思う。よくあることらしい。
犬によって子育ての上手い下手はやはりあるようで、全然子供を育てられない犬もいるようだ。ミータは夏にも出産したが、生まれた子犬をすべて死なせてしまったと聞いている。あまり育児の上手くない犬なのかもしれない。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。