読み物
ブタの丸干し
更新日:2016/09/14
これまで見た光景のなかでもかなりインパクトの強かったもののひとつ。二〇〇九年十二月にチベット奥地で遭遇した〝ブタの丸干し〟である。
このときはツアンポー峡谷探検のために、最奥にあるギャラという村に向かっている途中だった。山道を歩いていると突然、陽射しで真っ赤に焼けた十頭前後のブタが木の枝からぶら下がっているのを見て、衝撃をうけた。
手前の村から、道案内兼ポーターとして地元の若者を一人連れていたので、「なんだあれは!」と問いかけたが、彼は「いいから、いいから」といった感じで片手だけ上げて、さっさと先に行ってしまった。答えるのが面倒だったのだろう。
彼が先を急いでいたので詳しく見分できなかったが、たぶんギャラの村人が内臓だけ先にくりぬいて腸詰等にして、保存のきく肉のほうは塩を揉みこんで干したのだと思う。チベットといえども南部のこのあたりはインド・アッサムに近い密林地帯だ。家畜としてヤクを放牧しているチベット高原とことなり、多くの家でブタを飼っている。ブタを解体して腸詰肉をつくっているところや、天井から肉をぶら下げているところならよく見かけたが、ブタをまるまんま干している光景は初めて見た。
たしか隣りの木にも何頭かぶら下がっていたと記憶している。色といい、密集ぶりといい、どこか哀愁漂う悲しげな目といい、ぞんざいに放置されているっぽいところといい、非常に心に食いこむ迫力ある光景だった。赤くパリパリに焼けた皮をみていると旨そうなソーセージに見えてくるから不思議だ。初冬は晴れの日のつづく乾燥した季節なので、しっかりと熟成して上質な肉になっていたことだろう。
このときの探検の話は『空白の五マイル』という本にまとめ、この写真も口絵に掲載したが、少し小さかったのでここに改めて載せておく。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。