読み物
熊との遭遇
更新日:2020/12/09
今年は熊の出没がニュースとして世間を賑わせたが、私個人としてもよく熊を見かけた年だった。出会った熊は計五頭で、北極で三頭、日高山脈で一頭、南会津で一頭だ。
北極の三頭というのは当然白熊である。ここ数年は毎年、グリーンランド北部のピーボディー湾という海豹(アザラシ)の繁殖地に足を踏みいれているのだが、当地には子育て中の海豹をねらう白熊もまたうようよしており、しばしば遭遇する。白熊の頭数が多いだけではなく、今年は私の犬たちが白熊の臭いを嗅ぎつけると追いかけるようになった。遭遇頻度が増したのはそのせいもあるかもしれない。
日高では地図無し登山の最中、森の中にタープを張り、一息ついたところで対岸の熊笹斜面をのそのそ登っていくところを見かけた。足跡や糞などの痕跡も三年前の地図無し登山のときより多かったように思う。南会津では小さな沢を下降中にばったり鉢合わせ。藪の中での鉢合わせは一番危険なパターンだけに、このときはちょっと焦った。
北極での出会いはいつものことだが、日本の山で熊と会うのはそんなに頻繁にあることではない。学生時代から二十年間、山登りをしてきたが、これまで熊を見かけたのはたった二回。今年五頭と会ったうえ、白熊、羆(ひぐま)、ツキノワグマと種類も三種だったわけだから、滅多な年ではなかったのはたしかだ。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。