読み物
キビヤ食い
更新日:2020/04/08
以前、この連載でキビヤというグリーンランドの伝統食について紹介した。おぼえている方もいるかもしれないが、アッパリアスという海鳥を海豹(アザラシ)の皮につめこみ三カ月ほど地中に埋めて発酵させたもので、去年五月に私は村を去る前に近くの猟場でアッパリアスを捕獲し、イラングア・ヘンドリクセンという若者と一緒にキビヤにした、という話を紹介した。
今回村につくとそれが完成しており、イラングアHが持ってきてくれた。
キビヤとは身も蓋もない言い方をすれば、ほどよい塩梅で腐敗した鳥の生肉のこと。海豹の脂で濡れそぼった外見は鳥の死骸そのもので、食べ方も生のまま齧りつき、手を血まみれ脂まみれにして内臓まで腹につめこむというスタイルである。発酵臭もなかなか強烈なため、どちらかといえば野蛮人系のゲテモノ食いに分類される。正直、私もこれまでべつに嫌いではなかったが、かといって積極的に食べたいと思うものでもなかった。
ところが不思議なもので、自分で作った手前、仕方なく毎日食べているうちに、これがだんだん癖になってきて、毎日三羽も四羽も食べるようになり、今では犬橇に乗っている最中も早く村にもどってキビヤを食べたいなどと考えているほどである。
旨いのは胸肉、腿肉、皮で、内臓は苦いので食べたり食べなかったりだが、食べ残しても犬の餌になるので無駄にはならない。何よりいいのは調理する必要がなく、その場ですぐに腹を満たせること。要するに生肉食というのは伝統的ファストフードで非常に手軽、犬の世話だの装備の製作だのに忙殺された村の日常では、その意味でありがたい食料である。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。