読み物
マグロ船
更新日:2016/05/25
二年前の夏、取材のためにマグロ延縄(はえなわ)漁船に乗った。グアム港を基地にミクロネシアの海で操業する、十九トン型の比較的小さな漁船である。
ミクロネシアの海でとれるのは、大間などで有名なクロマグロではなく、少し小ぶりなキハダやメバチが中心で、このときとれたのは大きなものでも全長一メートルほどで、重さが七、八十キロといったところだった。たまたま私が乗ったときは大漁に恵まれて連日約一トンの漁獲がつづき、通常一航海一カ月ほどかかるところを二十日少々で終えて、船の定期検査のためにフィリピン南部、ミンダナオ島のダバオ港にむかった。
それにしてもグアムのマグロ漁師たちが生きる海での日々は、なかなか驚くべき世界だった。彼らは一カ月ほど海で操業して、燃料が切れるか、魚倉がマグロでいっぱいになるかしたら港に戻ってくるのだが、港で次の航海の準備が終わったら、すぐにまた海に向かう。陸にはわずか二日間ほどしかいない。取材をはじめるまで私は、マグロ漁師というのは一航海終えたら陸でゆっくり英気を養い、カネがなくなるまで遊び尽くした後に再び海に出るのだとばかり思っていたが、どうもそれは昔の大型船による遠洋漁業全盛時代の話らしく、現在の小型船が主力の基地操業では、漁のサイクルを早めるためなのか、漁師たちには陸でゆっくりと過ごす時間もなければカネもないのである。出港準備が整うとそそくさと港を出なければならず、要するに、彼らは人生のほとんどの時間を海で過ごしている。しかも海にいる間は家族との会話もないし、写真をみてもわかる通り現在では日本の漁船は人件費削減のために船長以外はフィリピン人、インドネシア人の船員を雇っている船が多いので、船員との会話も成り立たない。かなり孤独な労働環境に見うけられた。
それにしても、あれからもう二年か。ついこの前の取材だったような気がするのだが……。このマグロ漁師の世界の話は、ようやく今年の夏に単行本化できる予定だ。版元は集英社ではないのですが……。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。