

第42回
リハビリ、バンパク、焼きおにぎり
更新日:2026/05/13
- 2025年4月1日(火)
- 年始に退院をしてから、毎週、訪問介護という形で介護士さんと理学療法士さんが自宅に来てくれる。
理学療法士なる資格や仕事があるなんてことをほとんど知らなかった。聞いたことぐらいはあったが介護と看護の区別もできてなかった。自分の人生には関係ないものだと決めつけていた。やっぱりオロカに生きていたのだ。
何らかの申請をして介護認定をされると、区のシステムを利用して保険も使えて、と息子がいろいろ手配してくれた内容を何度か説明されたがさっぱりわからない。わかるのは、来る人がみな果てしなく親切にしてくれるということだけだった。
リハビリ中にぼくが勘違いして指示通りに動かなくても、彼らは叱ったりしない。丁寧にやり直してくれる。こんなに優しい人がいたのか、とまったくつくづく驚く。帰りがけに「これは室町時代からの由緒あるもので」とかいって壺とか掛け軸を売りつけられるのではないかと不安になるほどだけれど、こんなに優しくしてくれるなら買ってもいい。おかげで動かなくなっていた我が老体も少しずつ回復してきた。
- 4月4日(金)
- 最近、お昼に一枝さんが焼きおにぎりを作ってくれる。これがしみじみうまい。
おにぎりはショーユをつけて軽く焼いたものが一番うまいんだよなあ。
ところで、おにぎりというよりおむすびというほうがおいしそうに聞こえるんじゃないだろうか。ただ、おむすび、というとシモぶくれのなんとなく三角形にちかい「どっしり感」がつよい形に思いいたり、どうもそれではころがりにくいような気がするのである。おむすびがコロリンとなる斜面の角度もコレけっこう急でないといけないから斜面の質もけっこうむずかしい。砂地ではころがりにくいし、第一砂がついてしまうと食べにくいからこれはある程度芝生系のものが求められるのではないでしょうか。
草刈りがきちんとなされている斜面で、ある程度清掃がなされているところ。角度は30度ではころがりにくいけれど50度ではちときつすぎる。そのくらいの角度の斜面に座ると、じぶんもおむすびもドサリドシンとなってしまいそうでこわいような気もしますなあ。
さらに海苔で全体をくるんだほうがなにかといいような気がするのでそういうコトにも気をつけておきましょうね。さらに大事なのは中に「梅ぼし」をいれておくことで、これは回転するおむすびの中心より少しズラせたところにいれておくのがいいでしょう。重心を少しズラせる位置というものがけっこう大切になるからです。そういうコトにも気をつけましょうね。さらに今後は「肉まん」の強引なわりこみにも注意することですね。
- 4月7日(月)
- 春になったし新宿にでも出て生ビールでもやるかと、竹田に連絡するが、電波のとどかないところにいるというアナウンスが流れる。あの軽い女の声がむなしい。
どうやらカーリングの取材でまたカナダに行っているらしい。仕方ないので家でおとなしくアイスクリームを食べる。ヤスダというヨーグルトの会社が作るミルクアイスがうまいんだよなあ。
- 4月10日(木)
- 夕方から新宿へ。この「失踪願望。」の企画を立ち上げてくれた人であり、ぼくとは10冊くらいだろうか、一緒に本を作ってくれた女性編集者が3月に亡くなってしまった。がんだった。その偲ぶ会だ。まったくつらく悲しいできごとだった。
沈んだ気持ちであまり酒は飲みたくないので、ぼくはゆっくり思い出すまま、味わい深い彼女の思い出を話していた。釧路とか宮古島とか八丈島とか大阪とか、旅先でその日の取材の成果を確認しながら彼女と飲む酒はいつでもうまかった。
すると、ライターの竹田も、彼女の後にこの連載を担当してくれている彼女と同期の編集者も、それぞれ同じように彼女と酒を飲んだ話をしてくれた。どれも愉快な話で、魅力のある人間は多方面でしっかり人間関係を構築しているのだなあ、となんだか救われる気持ちだった。
ぼくは昔から何か思いつくとまず誰かに相談してきた。その相手は編集者だったり、広告代理店マンだったり、カメラマンだったり、いろいろだ。「こういう取材をしたいんだ」「こういう企画はどうだろう」というアイデアの場合に相談するのはやはり編集者で、彼女に電話すると「わかりました。うちでやりましょう」とすぐに反応してくれた。そのかわり「シーナさん、この部分はこの企画の肝ですのでしっかり書いてほしいです」と厳しく接し、ぼくの思いつきをうまく形にしてくれた。
その日は付き出しの大根煮がしみじみうまかった。よおし!と言って刺身で日本酒を飲んだ。彼女はお酒がとにかく似合うひとだったけれど、とりわけ日本酒がよく似合っていた。本人が日本酒をこよなく愛していたからなんでしょうなあ。
- 4月12日(土)
- ちょっと確認したいことがあったので竹田に電話をする。暇なら生ビールでもやろうと思っていたが、ヤツは雑魚釣り隊のメンバーと恒例の「ホタルイカ掬い」に富山まで行って焚き火をしているところだという。
「椎名さんも来ませんか?」と誘われたがアニサキスには気をつけなさいと言って電話を切った。ホタルイカはうまいが、アニサキスがいるのでボイルしないといけないのだ。
かつてエスキモーのアザラシ漁を見せてもらったが、アザラシを獲っても北極圏に草木はないので焚き火ができない。燃やすものがないから生肉を食べるのだ。血からビタミンCを摂ることできるそうだ。そして、腹を割くと筋肉と皮膚の間からイモムシのような寄生虫が出てくるが、かれらはこれもすばやく食べちゃうんだなあ。補助栄養なのだ。
だからお前らもホタルイカのアニサキスぐらいで取り乱してはいけない、エスキモーを見習ってしっかり栄養補給しろと、もう一度電話しようと思ったが、急にマトモになってウイスキーを飲んで寝た。
- 4月15日(火)
- エッセイを書いた。原稿の進み具合もだいぶ早くなってきた。SFについて断片的ではあるが思いついたりすると、いよいよ我が空気頭も働きはじめたなというトキメキ感がある。
- 4月18日(金)
- 旧知の読売新聞の記者と、取材を兼ねた近況報告の会だ。池林房に行った。
一通り取材を終えて雑談していると、彼の奥さんがぼくと誕生日が一緒だということが判明し、では宴会は免れないと意見は一致した。
そのうち太田トクヤがやってきた。「店の景気はどう?」と聞くと「悪くはないけれど陶玄房を閉めたから店回りが一箇所減ってしまった」と寂しく嘆いている。
陶玄房はトクヤの店のひとつだ。それなりに大きな居酒屋だったので大人数の宴会などでは便利だったのだ。閉めちゃったのか、と驚くと「あんたには贔屓にしてもらったから閉める前に電話で報告したのに、やっぱり忘れてたか」とやや怒っていた。
しかし、この40年で居酒屋や芝居小屋をどんどん増やしてきたトクヤが店をたたむ決断をするとは。
「シーナさん、俺はあと100年以上生きるけれど、終わり方についてはつつましく、少しは考えているんだよ。あんたはどうするの?」と言っていた。
- 4月21日(月)
- 知人から「ストアーズレポート」最新号が届いた。ぼくがサラリーマン時代に作っていた業界専門誌だが、まだ健在とのことだ。編集部は移転しながらも銀座にあると聞き、何だか嬉しい。最近のその雑誌の誌面はとてもスマートで見やすかった。丹念な取材をしているというのも読んでいてわかる。
当時、思い立って「『調査月報』を『ストアーズレポート』という大型全国誌に転換するための企画書」という大作を書いて上司に提出したのを思い出した。我ながら力作だったが、あれはどこにいったのだろうか。今になるとたいへん読みたい。
ぼくは10年ぐらいこの雑誌の編集長をしていたので、とにかく好きなコトをしていましたなあ。そのころから小説のようなものをボチボチ書いており、その雑誌の新年号などにはショートショートなどをときどき書いていた。プロのイラストレーターに挿絵を書いてもらったりして好きなようにやっていた。先輩が、カゲでモーレツに悪口を言っていたのも楽しかった。「クレージーキャンペーン」とか、いま思うとけっこうヘンなのを書いてましたなあ。
- 4月23日(水)
- 盛岡から高橋中年と橋野青年が新宿にやってきた。
ここ何年かクロステラス盛岡という施設でトークをしてきたが、昨年は体調が悪化し下半期から年度末まですべてキャンセルしてしまったので、新年度の相談だ。
電話で話せばいいではないか、という野暮なことは言わないことにした。高橋中年は「新宿に来て生ビールを飲みながら椎名さんとどんなトークにしようか、と相談しないと出ないプランもあるのです。その後でゴールデン街を経由してから醤油ラーメンを食べるのもイベント成功には非常に重要なプロセスであります」と熱弁している。橋野青年は下戸なのだがなぜか「うんうん」とニコニコ頷いていて、とても楽しい。
岩手に行くなら宮沢賢治の取材をしなくては、という気持ちはいつもゴワゴワと湧いてくるのだが、実際に盛岡の駅に着くと冷麺と生ビールとマッコリにやられてしまい、トークの後はホヤと冷酒にやられてしまう。盛岡は怖いところだ。
- 4月25日(金)
- むかし大阪でやった最初の万博のとき、その頃勤めていた会社の社長が何を思ったのか社員みんなにバンパク行って来いといい、会社がカネをだして、編集部ごとにそれぞれ一泊二日でいかせてくれた。まあ、おれたちよろこんでいかせてもらったけれど、暑いなか行列に並ぶのいやだったので、みんなでクーラーのきいた安酒場に行って大阪のサケのませてもろただけでしたけどなあ。
- 4月28日(月)
- 花粉症ではないので、ありがたいことに「花粉が飛んだ、飛ばない」というニュースには縁がない。そもそも「飛散量」とか言われてもピンと来ないのだ。
BSにチャンネルを変えるとTVショッピングをやっていて、植物由来のサプリを売っている。膝や腰の痛みに効くようだが、善玉菌だかなんだかが300億個いるらしい。300億個って誰が数えたんだ。
ああいうCMやショッピングが軽薄なのは、「付け足し語」に真実味がまるでないからでしょうなあ。
例えば「このサプリを常用すると体重増加を止める効果がある」でいいのに、「このサプリを常用すると体重増加を止める効果がある、ということが報告されています」と喧伝する。誰が誰に「報告」したんだ。
そして画面下には「個人の感想です」の文字が出る。この場合、個人差はどのくらいだと考えるのが妥当なのか。
でもテレビでCMをやるくらいだから売れてはいるんだろうし、効果もなくはないのだろう。誰か買って飲んで、信用できる「個人の感想」をすばやく「報告」してくれないでしょうか。
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Ⓒ 撮影/内海裕之
- 著者プロフィール
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椎名 誠(しいな まこと)
1944年東京生まれ、千葉育ち。東京写真大学中退。流通業界誌編集長時代のビジネス書を皮切りに、本格デビュー作となったエッセイ『さらば国分寺書店のオババ』(’79)、『岳物語』(’85)『犬の系譜』(’88/吉川英治文学新人賞)といった私小説、『アド・バード』(’90/日本SF大賞)を核としたSF作品、『わしらは怪しい探険隊』(’80)を起点とする釣りキャンプ焚き火エッセイまでジャンル無用の執筆生活を続けている。著書多数。小社近著に『続々 失踪願望。 病み上がり乾杯編』。










