
第2回
魅惑のスタンプラリー(前編)
更新日:2026/07/15
5月になったら、どうしても行かなければならない、盛岡へ。そうでなくても樹木や草花に溢れている美しい街が、新しく芽生えた緑のせいで、ひときわ明るく輝くのだから。木々の間を抜け、川面を撫でて爽やかさを増していく風が、街にすーっと吹き流れているのだから。5月の盛岡にいると、この世の憂いが吹き飛んで、体の底から幸せが湧き上がってくる。

盛岡城跡のお堀のまわりにも緑がいっぱい。
昨年初めて盛岡を訪れて、この街の5月の素晴らしさに魅せられた私は、今年も早々に5月の盛岡行きを決めていた。今回はさらに楽しみがあった。いつもそうなのだが、東京に帰ってきて、次に盛岡へ行く間に必ず課題ができる。今度はあそこへ行ってみなくちゃ、次はこれを食べてみなくては、と。
今回やりたいことの一つは、「お茶もち」を食べること。
盛岡ではおなじみのお菓子であり、中でも北ホテルの並びの戸田久(とだきゅう)餅店のお茶もちは絶品である、という噂を聞いた。どんなお菓子なのか、名前だけでは見当がつかないが、あえてネット検索したりせずに、買いに行って初めてご対面するほうが楽しいと思う、私はそういうタイプ。
やりたいことの二つめは、「もりおか中津川まち歩きスタンプラリー」に軽~く参加してみること。
常日頃、スタンプラリーというものには、なんか〝ノセられている〟気がして食指が動かされない。しかし「もりおか中津川まち歩きスタンプラリー」は、盛岡行きを決めていた時期に、ちょうど開催中だというし。私の贔屓である中津川周辺の、いつもぶらぶら歩いているエリアの店がこぞって参加しているようだ。なので、街歩きついでにスタンプ押せばいいんでしょ、一石二鳥ではないですか、と思って参加を決めた次第。スタンプラリー実行委員会の発行するスタンプ帳も、東京から早々にネットで予約した。
そして5月が来た。
5月の盛岡は、街中が緑に染まる杜(もり)だ。中央通りの街路樹のトチノキが、手のひらの形の大きな葉っぱをたっぷりつけて、きらきらと初夏の日差しに輝いている。岩手県公会堂を取り囲むヒマラヤスギは、深緑色の葉を天高く鬱蒼と茂らせて、鳥が巣を作るのを待っているみたいだ。
北ホテルに到着して荷物を預けると、すぐさま街へ出た。ホテルを出て左へ歩くと、すぐに目当ての戸田久餅店がある。ちなみにお隣も和菓子屋(ここにはケーキもある)で、そのお隣も和菓子屋(上生菓子系)。3軒並んで和菓子屋があるなんて、盛岡はなんて豊かな街なのでしょう。
戸田久餅店のショーケースの中には、しょうゆ団子、あん団子、ごままんじゅう、花まんじゅうなどたくさんのお菓子が並んでいたが、お茶もちのケースの中だけが空だった。あれ、売り切れかな、と焦ったが、よくよく見れば〝注文いただいたら奥で焼きますので少しお時間がかかります〟といった札が出ている。
一つ注文した。「はい、お茶もち一つですね」と店の女性が奥に入って行き、狭い店内にひとり残される私。お茶もち……どんなお菓子なんだろう? 手持ち無沙汰に店を見回すと、ありゃ! 入るときには気づかなかったが、店内の入り口至近に「もりおか中津川まち歩きスタンプラリー」のコーナーが設置されているではないか! そっか、ここも参加店だったか。やばい、まだスタンプ帳を手に入れていない。おやつを食べたら、その足で、スタンプ帳を予約している中津川左岸の店へ買いに行かなければ。
3分もたたないうちに、私のお茶もちが奥から現れた。ペコペコの薄いプラスティックの容器に入って、包装紙がかけられたお茶もちを手のひらにのせると、うん、しっとりと温かい。嬉しい気持ちで中津川沿いへ向かう。途中に公園もあるけれど、川沿いのベンチに陣取ることにする。

中津川右岸にある、まん丸のイチョウの大樹。秋に色づくときも素敵です。
ベンチのそばには、樹齢約120年とも言われる大きなイチョウの木が1本ある。盛岡の人ならみんな知っている大樹だ。若葉が茂ってまんまるに膨らんだイチョウは、ほがらかに笑っているかのような明るさ強さ。盛岡の人たちは街中にあるこうした木々に、励まされて暮らしているのではないだろうか。
さぁ、お茶もちだ。卓球のボールをつぶした大きさのお餅が3つ串に刺さり、砕いた胡桃の入った甘じょっぱいたれがかかっている。おもちが柔らかく、なのに弾力もあるのが絶妙。なるほどこれはおいしい。盛岡では、おいしい味のことを〝胡桃味〟と言うそうだから、お茶もちがみんなの好きなお茶うけであることに大いに納得だ。あとで調べたところ、うるち米で作った団子を囲炉裏端で焼いて、胡桃味のしょうゆやみそのたれをかけた郷土菓子が始まりだそうだ。

これがお茶もち。柔らかくてあったかくて香ばしい。
やりたいことの一つめをクリアし、お腹も満ちた私は中津川の右岸沿いを北へと歩き出す。川辺の野原の一面に、明るい若草の絨毯が敷き詰められている。その中に黄色い花があちらこちらに咲いていて、遠くには青い山々のシルエット。そよ吹く緑の風。静かで平和な5月の風景の中で、夢のようごたる、と独りごちる。
上の橋(かみのはし)を渡り、橋の上から、中津川の上流と下流の風景にしばし見惚れて、左岸に渡り着くと、今度は左岸の川沿いを下流方向へと歩く。
ファッションブランドのminä perhonen(ミナ ペルホネン)のカフェkoota joki(コータ ヨキ)の前を通り過ぎ、橋を一つ越えると、やがて中津川沿いの最大の魅力ポイントに行き当たる。
そこは文化13(1816)年創業の荒物屋「ござ九・森九商店」の裏側で、時代がかった瓦屋根と白壁の蔵、それらを覆う土塀が約65メートルも続いている魅力的なスポットだ。「ござ九」の敷地の端と端に、つまり約65メートルの間隔を空けて、ヤナギの木が1本ずつ生えているのも風情がある。
この時期のヤナギは、長く垂れ下がった枝に愛らしい新芽をたくさんつけて、白い綿毛をかぶった種をそこいらじゅうに飛ばしている。そう、5月の盛岡はヤナギの綿毛の季節でもあるのだ。
昨年、初めて盛岡の5月を体験したときは、真っ先に冷麺がおいしいと噂の郊外の店を目指した。そのあたりはごく普通の住宅街なのだが、なんだか淡雪のように白い綿毛がたくさん舞っていた。〝なんなの?〟〝これはなんなの?〟と驚くと同時に、にわかに震えるような喜びが湧いてきた。まるで、一番好きな映画『フェリーニのアマルコルド』の冒頭のシーンのようだったから。
フェデリコ・フェリーニ監督の故郷である、イタリアの海辺の小さな町リミニを舞台にしたこの映画は、ポプラの綿毛が町中に舞っている幻想的なシーンから始まる。彼の地に春がやってきたシルシの綿毛なのだ。よりにもよって、好きになった街・モリオカに、大好きな映画と同じ光景があるだなんて。よっぽど、アタシタチ(モリオカとアタシ)、結ばれている……。
いや、ファンタジックな世界に浸っていないで、早くスタンプ帳を取りに行かねば。
中津川左岸を下流方向にさらに少し歩むと、中の橋(なかのはし)へ出る。橋の袂に鎮座するのは、旧岩手銀行赤レンガ館(1911年築)。国指定の重要文化財で、中を見学することもできるし、さまざまなイベントの会場として利用もされている、盛岡のモニュメントのひとつだ。
中の橋で左折して中津川から離れ、赤レンガ館の正面入り口の角を左に曲がったところから、静かな小道が始まる。すぐに右手に現れる盛岡信用金庫本店(旧盛岡貯蓄銀行・1927年築)は、古代ギリシャの神殿を思わせる太い円柱と、凝ったレリーフを持つ石造りの建築物。この荘厳な建物がATMなどを内包し、今もバリバリに使われているのが素晴らしい。
さらに直進すると、右手に南部鉄器の老舗・釜定(1908年創業)があり、その斜め前が「ござ九・森九商店」の表側である。
〝くの字〟にゆるく曲がった道路に沿って、同じく〝くの字〟形に建っている「ござ九」は低層の建物で、瓦屋根と木格子とガラス戸だけの渋い外観。江戸時代後期から明治末期にかけて増改築を重ねてきた日本建築で、落ち着きがあり、ひたすらかっこいい。現在も、かごやざるなどの竹細工製品や日用雑貨を商っているが、看板を掲げる代わりに、入り口に大きな亀の子たわしがぶら下がっているのも奥ゆかしい。
あまりにも渋かっこいい建物に気圧されて、私は今までに何度も前は通っているものの、中を覗いたのは一、二度だけなのだが……。「もりおか中津川まち歩きスタンプラリー」の実行委員会の長であり、スタンプ帳の予約販売をしているのは、この「ござ九」なのである。
「こんにちは」と中に入り、500円をお支払いして、無事、スタンプ帳をゲット。すると「あの、よかったら、奥で津軽三味線の演奏をしているので、聴いていってください」と店主が人の良さそうな笑顔で言う。ほんとだ。店の奥の蔵に囲まれた中庭のようなところで、若い男性が津軽三味線を弾き、椅子に座った人たちが青空に溶けていく高らかな音色に聴き入っている。なんと風雅な。盛岡、風雅だぜ。2026年のスタンプラリーは音楽をテーマに掲げていて、あちらこちらでこうしたライブ演奏などが楽しめる趣向のようだ。
武士や虚無僧がかぶる深編み笠をデザインした「ござ九」のスタンプを、受け取ったばかりの黄色いスタンプ帳(以下スタ帳)にペタンと押したのを皮切りに、私の中に眠っていたらしいスタンプ収集欲がムクムクと顔をもたげた。

35ページもあるスタンプ帳。地域ごとに分かれているので、街歩きの地図&盛岡ガイドブックとしても便利。
歩いていて、紺色に白で「紺スタ」の文字を染め抜いた旗(スタンプラリーに参加しているシルシ)を掲げるスポットを発見するや、小走りに近づき、スタンプ台のありかをいち早く探って、スタ帳を開いてペタンとやる。なるほど、これはちょっと快感。スタンプのデザインもいちいち可愛くて楽しいぞ。
よく知っている店や場所、こんなところに……と初めて気づく店、気になっていたけれど足を踏み入れる勇気がなかった場所……。「紺スタ」の旗&黄色いスタ帳は、街歩きを加速させる新種の乗り物みたい。スタンプ集めたさに、ずんずんと盛岡の街を闊歩することになる。

写真を撮ろうとしたら、風に翻る旗をおさえてくれた「ござ九・森九商店」のご主人。いい人です!
説明が遅れたが「もりおか中津川まち歩きスタンプラリー」は、かつては「ござ九」がある紺屋町周辺のみのイベントで、「紺屋町かいわいスタンプラリー」(略して「紺スタ」)の名称だった。それが徐々に参加店が増えて紺屋町の外にまで拡張したため、「もりおか中津川まち歩きスタンプラリー」の名称に変わった。14回めとなる2026年の参加店&参加施設は84ヶ所。中津川を中心に、南北約1.2km×東西約830mの範囲に広がっている。
そのおかげで私は、前々から気になっていた盛久(もりきゅう)ギャラリーにも初めて入ることができたのだ。
岩手公園(盛岡城跡公園)の西側に、ひときわ凛とした佇まいの建物がある。木板にパワフルな墨蹟の「盛久」の看板が出ていて、ギャラリーであることはわかるのだが、あまりにも堂々たる門構えで、白壁の家も何やら威厳があり、冷やかしで足を踏み入れるのが躊躇(ためら)われる雰囲気。だから、いつも気になりながらもスルーしていた。
このたびの盛岡散歩でも、建物を外から眺めながら通り過ぎるはずだったのだが……なんと、ギャラリーの前に「紺スタ」の旗がひらめいているではないか。〝わっ、スタンプラリーに参加してる! どうする? 入る? 入ってみる? スタンプだけ押させてもらう?〟 自問自答の末に「こんにちは」と言いながら、立派な玄関の引き戸をガラガラと開けた。

盛久ギャラリーの立派な外観。スタンプ押したさに、この玄関を開けた自分の勇気を讃えたい。
よかった、玄関のたたきの上にスタンプ台が用意されているから、靴を脱いで中に上がらなくても大丈夫。サッとスタンプだけ押して出ましょうね、と思いながら、35ページもあるスタ帳を開いて所定のページを確かめていると、奥から女性が現れた。「あ、スタンプ、押させてくださーい」とあえて明るい声を出す私。女性は「ああ、どうぞどうぞ」と言ってくれたが、なんだスタンプ目当ての客か、とつまらなく思ったのではないかと私は勘繰った。それで勇気を出して「あの、ギャラリーも拝見させてください」と申し出た。「どうぞ。あちらの入り口から入ってください」
母屋の左側にある建物の玄関で靴を脱ぎ、中に入ると、わぁ、なんてこと……。

中庭から差し込む光が美しい、盛久ギャラリーの展示室。
木床のギャラリーの奥にささやかな、でも緑に満ちた素敵な中庭があり、窓から優しい光が差し込んでいる。爽やかで気持ちのいい風が、開かれた窓から入ってきて、やはり開放されている表側の窓へと通り過ぎる。なんて心地よい場所なのだろう。厳かで立ち入りにくかった建物の中に、こんな空間があるなんて……。自分の顔がどんどん喜びの色に染まっていくのがわかる。
展示室の中には、大きな和紙が天井から何枚も下げられていた。褐色の和紙に小さな丸い穴がたくさんあいている。パンチであけた規則正しく揃った穴ではなく、小さな生き物が和紙を齧りながら出たり入ったりして、時間をかけて作った穴みたいな。それが和紙の上で、光や波の形を思わせる繊細で力強い模様となっている。

しもかわらさとこさんの作品。和紙で線香で穴をたくさんあけて、有機的な模様を作っている。
「この作家さんは、これ全部一つ一つ、和紙にお線香で穴をあけているんです。穴をあけた和紙をパッチワークのように縫い合わせたりもして、これらの作品を作っています。しもかわらさとこさんという、盛岡を拠点とする若い作家さんです」。ギャラリーの女性が穏やかな口調で、見ている作品に言葉を添えてくれる。
「作品自体もですけれど、和紙を透けて壁に映る影を見てほしい」。こう示されて、和紙の横から後ろの壁を覗き込むと、わぉ、銀河みたい。無数の小さな穴を通った光の粒が集まって、壁に帯を作り、風にゆらりと和紙が揺れるたびに明るく息づく。なんとも優しく柔らかい銀河だ。

しもかわらさとこさんの作品(部分)。壁に映る影も美しい。
「私はここに住んでいるので、一日中これを見ることができるでしょう。時間帯によって、壁に映る影や、和紙の色がいろいろに変わっていくんです。夕方の光で見るのも、すごく素敵なんですよ」
「和紙にあいた穴が落とす影まで、計算して作られている作品なんでしょうか」と私は女性に聞いた。
「そうだと思います。ただ、ギャラリーのこの壁に作品の影を映してみたい、と思ったのは私。だから、この街の光が一番きれいな5月に、しもかわらさんの作品展をやりたかったの」
この人も5月の盛岡が好きなんだ。そう思って嬉しくなった。言葉の一つ一つを紡ぐようにして話す。嘘を言えない人物のような気がして、私は彼女に好感を持った。
「しもかわらさとこ展 ーひかりの音ー」の展示スペースは、入ってすぐの部屋(ギャラリー)と、隣の小部屋(サロン)の二つ。いずれの部屋も立派な梁や柱を持ち、黒光りする木床に白い漆喰の壁。和紙と線香を使った若い作家の有機的な創作物を、懐の深い空間がしっかりと受け入れている。それにしても、この建物。和と洋のテイストがミックスされていて、人に心地よい温かみがある。小部屋には煉瓦造りの飾り暖炉がしつらえてあり、造りつけの棚に重厚で力強くて、遠目からでも良いものとわかる民藝の器がいくつか並んでいる。
私は聞きたい衝動を抑えられなくなった、「ここは、どういう建物なんですか?」。「昔は、旅館だったんです」と、その女性、盛久ギャラリーのオーナーである及川佳子さんは語り始めた。
「この場所は、江戸時代は盛岡藩の敷地で、明治中期に払い下げられて、木造建築の建物があったそうです。官庁街に近い場所柄、県会議員らの宿泊所として利用されていたといいます。その後、私の祖父の叔父が所有者となって、昭和2(1927)年に『盛久』の屋号で旅館を創業しました。表にかかっている木板の大看板は、昭和23(1948)年に板画家の棟方志功が書いた墨書。光原社の紹介で棟方志功が盛久旅館に逗留したときに書いてもらったものだそうです。実物は長年風雨にあたり薄くなったので、現在は複製を掲示しています」
そうなのだ。盛岡には、各地の民藝の器や布や家具などを集めた光原社という有名店があり、〝民藝の街〟の顔も持つ。
大正末期に起こった民藝運動は、日々の暮らしの中で使うために作られたものにこそ、作為のない美がある――と提唱する生活文化運動だ。今も、日本各地で民藝の品々が作られていて、ふだんの暮らしを大切にする若い層にも人気が高く、光原社は盛岡に来る観光客が必ず訪れる場所となっている。佳子さんの話は続く。
「盛久旅館は昭和28(1953)年に大改装をしました。そのときに設計をお願いしたのが、〝民藝建築〟の名手である伊東安兵衛。伊東安兵衛さんをご存知ですか? 東京に『たくみ工藝店』という民藝の老舗があるでしょう? あそこにいらして活躍された家具や建築のデザイナーです。伊東安兵衛さんの作品でもある〝民藝旅館〟ということで、うちは建築の専門書にも載っているんです」
佳子さんによると、〝民藝旅館〟になってからの盛久旅館はますます、民藝運動の主唱者である柳宗悦や、陶芸家のバーナード・リーチなど芸術家や文人たちが逗留する宿となった。
「旅館は、建物の老朽化で2003年に休業しました。でも、貴重な民藝建築をみなさんに見ていただきたいですから、建物を補修・修復して、2007年に盛久ギャラリーとして引き継いだんです。いろいろな作家さんが利用する貸しスペースとしての運営が主ですが、今回のように盛久主催の企画展をしたり、所蔵する民藝の品々を展示することもあります。先ほど〝入るのに勇気がいる〟っておっしゃったけれど、そんなことはないですよ。ギャラリーが開いているときは、どなたでも中に入って鑑賞していただけます」
話を聞いて私はうなった。うーむ、そういう場所だったのか……。民藝の器やかごなどについては知っていたけれど、不勉強で〝民藝建築〟〝民藝旅館〟という言葉は初めて聞いた。考えてみれば当たり前だけれど、民藝運動は、器などにとどまらず、居心地のよい空間を作ることにまで及んでいたのだなぁ……。盛岡でそれが体感できるとは。
ギャラリーの奥の椅子に座って佳子さんと話している間にも、展示を観にふらりと入ってくる人がちらほら。よく訪れるらしい常連客に佳子さんが「あ、こんにちは。今は和紙の作品です。どうぞ見ていってください」と親しげに声をかけたりしている。
ほらね、盛岡はこれなのよ、と私は心の中で誰にともなく自慢する。気持ちのいい5月にふらりと覗きに行ける、盛岡にはこんな場所が潜んでいる。それは先人が作り、後世が残して今に伝える民藝建築の居心地のいい空間だったりするわけで。この街には、お金では買えない場所や時間がたくさんあって、それらが住民にも観光客にも、誰に対してもオープンにされている。すごく豊かだなぁ、と思うのだ。
スタンプラリーのおかげで、私にとって盛久ギャラリーがいきなり親しみのある場所になってしまった。すっかり良い気分になって、次に向かった先がある。そこはスタンプラリーには参加していないようだが、少し前から気になっていた写真展を開催中のギャラリーだ。(以下次号に続く)
戸田久餅店
お茶もちもおいしいが、私のイチオシは塩気の利いた胡桃みそが入った「そばかまやき」。盛岡市本町通1-9-43
ござ九・森九商店
かごやたわし等の日用品を商う老舗。店の奥の蔵で、絵画やオブジェなどの展示もしばしば行っている。インスタグラム:@goza.ku
盛久ギャラリー
民藝建築の「盛久」は『民芸建築図集』(四季社)、『バーナード・リーチ 日本絵日記』(講談社学術文庫)、『民芸運動と建築』(淡文社)などの本にも取り上げられている。https://morikyu.net/ x:盛久ギャラリー@mori9y
- 著者プロフィール
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白江亜古(しらえあこ)
1961年埼玉県生まれ。ライター。著書にインタビュー集『日本女性の底力』(講談社+α文庫)。有元葉子、ウー・ウェン、落合努氏らの書籍の編集構成ライティングを担当。
note:http://note.com/shiraeaco
X :白江亜古亜古(@acoshigoto)
インスタグラム:@acogarerumba










